2008年11月30日

ウクライナにHIV陽性の人50万人(続き)

ウクライナで 多くの人はエイズは麻薬・アルコール依存症者と
受刑者の階層に結びつけて考えている。しかし今は
DonezkやOdessaの地方では 一般の人にHIVが
性的接触によって広がっている。

給料の安い警官が薬物中毒者をゆすったり、自分で
麻薬を売ったりする。

外国からの援助のお陰で ウクライナのエイズ患者の1/3が 
抗レトロウィルス剤を受けられるようになった。
Karsten監督は夫人や友人と協力し、ベルリンの
Augusta-Victoria病院とDonezkのエイズセンターの間の
協力関係をつくり、機器の援助・知識の交換に
ついての支援をしている。ウクライナの看護師の
養成にも尽力している。

ドイツでのHIV感染率は東欧よりも低いが ゲイの間で
エイズ予防への慣れ・疲れがでてきている。「火事だ!
火事だ!」と叫び続けて 火事が広がらなければ 
誰も注意しなくなるのと同じようなことだ。

「Odessaのエイズ」という映画とKarstenの
プロジェクトについては:
aids-ukraine.org
ドイツとウクライナの協力については:
hiv-initiative-ukraine.org
「世界エイズの日」については:
unaids.org

下記サイトから:
http://jetzt.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/456346/2/1#texttitel


  


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2008年11月29日

ウクライナにHIV陽性の人50万人

ウクライナに欧州最多のHIV(+)の人がいる。
Karsten Hein監督の映画「Am Rande」は 
この病気の背景を描く。これは監督とのインタビュー:

6年前に友人がウクライナの港町Odessaから戻ってきた。
彼女はウクライナでエイズが流行っていることに衝撃を
受けた。それで2003年に「死にたくない」という
記録映画を作ったが、ドイツでの反応はあまり無かった。
人口の1% 約50万人がHIVに感染している国が 
ドイツから飛行機で2時間の所にあるのだから、
人々に これを知らせないといけないと思った。

HIV流行の背景にある問題の一つは麻薬だ。人口の
2%が麻薬を注射している。ヘロインは稀で、たいてい
アヘン剤か合成煙剤(煙草に混ぜる薬品?)から作られた
混合剤を使っている。この点が 西欧とは違う。
西欧ではエイズは特に同性愛の男性の間に広まっている。
麻薬の金を作るために 盗んだり、売春したりする。
旧ソ連ではエイズの流行は社会的な問題だ。とうのは
90年代に国家も保健システムも崩壊したのだ。
多くの鉱山が閉鎖され、多くの若者は将来の見通しを
もてなくなった。
貧困がエイズ問題を深刻にしている。その上、800万人
のウクライナ人は大酒飲みだ。

両親がエイズか肺結核で死に、子どもは孤児院へ
行く他ないという例は多い。祖父母が孫の面倒を
見ることも しばしばである。
90年代に多くの母親は自分がHIV(+)だとは 
知らなかったので 子どもにHIVを感染させた。

撮影の時に エイズ患者が痛み止めの薬も無く 
悲惨な状況で死んでいくのを見た。肺結核病棟では 
一室に20人の患者が入院していた。ベッドのない人も
居て、床にも寝ていた。皆 咳き込んでいた。廊下には
妊娠8ヶ月の女性が寝ていた。病室よりも 廊下の
方がましだと 医者は言った。
(続く)
下記サイトから:
http://jetzt.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/456346/1/1#texttitel


  


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2008年11月28日

映画「おくりびと」についての対談

「ほぼ日刊イトイ新聞」
http://www.1101.com/okuribito/index.html
は 納棺師という職業についての標記映画について
「死を想う」という見出しで
主演の本木雅弘さん、編集長の糸井さん
宗教学者の中沢新一さんの対談を連載中です。

映画に出てくる山形のお葬式は 和歌山の葬式と
違います。新潟の葬式と似ています。  


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2008年11月28日

子どもを性的虐待から守る世界大会inブラジル

UNICEFによると一年に1800万の子どもが売春や
ポルノ撮影を強いられている。その対策を協議するため 
合計3千人以上の政府関係者や専門家がリオデジャネイロに
11月28日まで集まっている。
11月25日にUNICEFは児童買春と性的暴力への
対策を要求した。
厳しい法のある幾つかの国でも 加害者への訴追が
ない場合がある。その理由は警察が国を超えて協力
することが不十分なことにある。児童ポルノの映像が
刑事罰の対象になっていて、INTERPOLのデータを
使って 協調捜査をしている国はわずか35国にすぎない。
ドイツだけで 子どもポルノの定期的消費者は約5万人。
ドイツ緑の党の代議士 Ekin Deligoezも この大会に
参加している。
虐待の防止、犠牲者のリハビリ、業界 特に旅行業界
での自主的協定が この大会で問題になっている。
下記サイトから:
http://www.dw-world.de/dw/article/0,2144,3820857,00.html

★日本の国会議員は選挙の前で ブラジルまで行けな
かったでしょう。専門家は行ってるかも知れません。  


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2008年11月27日

中国はダライラマを理由にEUとの頂上会談を拒否

中国とEUの関係はまた冷たくなるだろう。
ダライラマと欧州の政治家が会談する予定だということに
抗議し、中国はEUとの 12月1日に予定されていた
頂上会談を拒否した。
間近に迫っているダライラマの欧州訪問が この拒否の
理由である。
EUと中国の頂上会談は毎年一度行われていた。
ダライラマは12月6日にポーランドのグダニスク(ドイツ名はDanzig)
でノーベル平和賞受賞者との会談に参加する。その時に
フランスのサルコジ大統領と会うといわれている。その他
にもダライラマはEU委員会のあるブリュッセルを訪問し、
チェコにも行く。
その間に ドイツのEU代議士Helga Truepelは北京で 
市民権運動家 Zeng Jinyanを訪問しようとしたが 
中国の保安当局に阻止された。反体制派 Hu Jiaの
夫人であるZengは幼い娘と北京に住んでいる。
Truepelは11月25日に彼女の家に入ろうとして、
攻撃的に阻止された。
Hu Jiaには 今年 EU議会の言論の自由のための
Sacharow賞が言葉をかけた。
Zengは中国当局の厳重な監視下で生活しているが、
それでもなお ブログで 人権と言論の自由のために 
力を尽くしている。
下記サイトから:
http://www.dw-world.de/dw/article/0,2144,3822762,00.html  


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2008年11月26日

ドイツの男の性観光は遺憾だ、と独大統領は述べた

強制売春・性観光などの 女性・子どもへの性的搾取に
ドイツ人男性が関わっていることを 恥ずかしく思うと
Koeler大統領は述べた。
カンボジアの女性権論者 Somaly Mamが「人間の尊厳の
ためのRoland Berger賞」を受けたことが 大統領に
この発言をさせた。
38歳のSomaly Mamは 故国で強制売春をさせられた。
今は 人身売買と奴隷制との闘いに尽力している。
いくつかの団体を設立し、本も書いている。
上記の賞として100万ユーロが贈られた。
下記サイトから:
http://www.heute.de/ZDFheute/inhalt/24/0,3672,7416472,00.html

★日本の男も買春に外国へ行ってるに違いないですが
ドイツからも タイなどへ 出かけている様子が
上記サイトに動画で 見られます。

  


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2008年11月25日

コンゴ内戦/人とゴリラを守るには

東コンゴの戦乱は Virunga国立公園に生き残って
いる山ゴリラを脅かしている。
以下はフランクフルトの動物学者Christof Schenkとの対話:

ゴリラも人も その地域での戦争のために苦労している
という共通の問題を持つ。
ヤマゴリラは ある程度 人に慣れていて、森の中で
観察できるので 観光客を呼び寄せるのに
役に立っている。
東コンゴと隣のルワンダとウガンダに わずか700頭の
山ゴリラが住む。その半数は東南コンゴの狭い地域に
住む。残り半数は ルワンダとウガンダに住む。
今コンゴの観光産業は休止している。ゴリラの生息地を
案内するレインジャーも もう居ない。決死隊だけがコンゴへ
行ける。観光はルアンダとウガンダでは できる。
コンゴのレインジャー約百人は逃げて、ゴマの難民キャンプ
にいる。
ゴリラの生息地に反乱軍が隠れているので、ゴリラが
どうなったか誰も知らない。
去年 射殺された10頭のゴリラは 東部の木炭マフィアに
やられた。マフィアはレインジャーに力を見せつけたいのだ。
国立公園からだけでも 不法木炭は2000-3000万ドル 
産出されている。

戦乱はコルタンという鉱石をめぐって行われている。
コルタンから得られるTantelという金属は携帯電話や
パソコンに使われる。コルタンは戦闘当事者両方が 国外へ
持ち出し、輸出される。その金で武器を買い、武器で
鉱山を占拠し、また武器を買う。果て切りの無い悪循環だ。

両軍を引き分けるには今の国連軍よりも強い国連軍が
必要だ。その他に国連の専門家で、難民キャンプに
薪を供給するのを担当する人も要る。なぜなら 
キャンプのエネルギーは 国立公園の木から作る木炭で 
まかなわれているからだ。木が減っていくのは 
ゴリラにとっても脅威である。
この内戦は全体像を掴めないほどの ものでは
ないから、他の長期的な戦乱よりも 早く終わる
チャンスはある。
ビルンガ国立公園は セレンゲッティに匹敵する
魅力的な地域である。もしゴリラがいなくなれば、
ほとんど誰もこの公園に大きな関心は持たないだろう。
下記サイトから:
http://www.zeit.de/online/2008/48/kongo-gorillas  


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2008年11月24日

ニジェールで国が奴隷制度で敗訴

西アフリカの経済共同体ECOWASは ニジェールを
人身売買がされているという理由で告訴した。
ニジェールはアフリカ北東部の内陸国。
法廷は ニジェールが国民を奴隷として売られないよう
十分に守っていないと言う証拠があると みなした.
国は約15000ユーロを Hadijatou Maniに支払え
という判決を 裁判所はくだした。
最貧国の一つニジェールではこの金額で土地と家畜を
買い、子どもを教育できる。しかし この24歳の女性が
経験した苦しみの埋め合わせは とうていできない。

Maniは12歳の時に約350ユーロで売られた。十年間 
家事労働と農作業をさせられた。その間 所有者から 
たびたび殴られ 強姦された。やっと2005年に公式に
解放された。そして結婚した。ところが元の所有者は 
Maniは自分と結婚していると 異議を申し立てた。
裁判所は 重婚の罪で彼女に6ヶ月の刑に処すという
判決を言い渡した。それに対抗し、Maniは告発し、
もう奴隷制度はないという判決を得た。

ニジェールでは 5年ほど前にやっと 奴隷制度は刑法上 
訴追されるようになった。
「反奴隷国際組織」Organization Anti-Slavery International
によると ニジェールに奴隷は4万人以上いる。ということは 
奴隷制度はまだ 普通に行われているのだ。
奴隷売買は儲かる商売になっている。
人権グループTimidriaは この国で10年以上奴隷制を
告発し続けている。
ニジェールの東にある マリ共和国にも マリの東にあり
大西洋に面するモーリタニアにも 奴隷制がある。
下記サイトから:
http://www.tagesschau.de/ausland/sklaverei100.html
  


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2008年11月23日

イスタンブールの貧窮を撮影するタクシー運転手

運転手Sevket(43歳)は毎晩 写真をとるために 
大酒飲み、乞食、薬物常習者、男娼を求めてタクシーを
走らせる。ほとんどが白黒写真だ。写真のお陰で有名に
なったが、金には ならなかった。彼の写真は 
華やかな首都という神話を壊した。
1400万人の住む首都の歓楽街で 彼は交代勤務の
夜の部で働いている。
上着のポケットにコンパクトカメラを入れている。被写体の
ホームレスとは長年の顔なじみだ。
彼のタクシーに乗る外国からの観光客は 接着剤を吸う
多くのストリートチルドレン、娼婦の美しさ、銀行地区の
バス停や公園で寝るホームレスなど イスタンブールの
暗い深淵を知らない。

4年前 とても寒い夜だった。歩道に寝ている人の手の
指は赤や紫色になっていた。誰も 貧しいホームレスを
気にかけていなかった。そういう場を見て 写真を
とろうと決めた。友人のくれた古い型のデジカメを使った。
そのうちに 乗客の一人が彼の写真に注目し、
インターネットに写真がのり、アンカラの芸術専門学校にも
彼の写真が展示された。テレビでも放映され、
展示会も開かれた。ついにはロシアのセントピータースブルク
でも展示会が開かれた。

しかし彼は今もタクシー運転手の稼ぎで生きている。
もし写真家としての教育を受けていたとしたら、
モデルとモスク(Models と Moscheen)(日本語でも
ドイツ語でも 駄洒落になっている)を写していただろう
から、これで よかったのだと思っている。
下記サイトから:
http://www.spiegel.de/kultur/gesellschaft/0,1518,591928,00.html  


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2008年11月22日

農村の「嫁探し」番組inドイツ

月曜夜9時15分からの連続テレビ番組、素人が主演する
「農民は妻を求める」は2008年11月17日に859万人の
視聴者を得た。
Heinrich(41歳)「歌う羊飼い」はアニアと別れたとき、
彼女の忍耐に感謝して ケーキ生地で作った子羊を贈った。
彼は76歳の母親と暮らしていて、テレビで妻を見つけ
ようとしたのだった。

テレビ制作会社は1週間の番組について3000ユーロ
(36万円)をHeinrichに支払い 彼は個人的なことを
報道する権利をテレビ会社に売った。

Torsen(26歳)「魅力的な豚飼い」は動物保護主義者
カタリーナと別れた。

このテレビ番組の続編を大衆新聞Bildで読める。Bildは
出演者の個人的な事柄を暴露している。
下記サイトから:
http://www.welt.de/fernsehen/article2743847/Das-Geheimnis-von-Bauer-sucht-Frau.html  


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2008年11月21日

元ドイツ首相夫人Loki Schimidt過去を語る

Helmut Schmidt(89歳)の夫人(89歳)はインタビューで 
子どもの頃、夫との66年の結婚生活、戦中・戦後を語り、
それが本になった。
子どもの頃 4-5階建ての集合住宅の一つの階を
借りていた。祖父母、両親、母の妹二人とその夫の
大家族だった。祖父母の隣人の娘Thoraも住んでいた。
その子の母親は シングルマザーで 肺結核で亡くなり 
その子を祖父母が引き取った。そうしないと孤児院へ
行くほかないから。里子に国からの資金援助は無かった。

その後 荷車に荷物を載せて引っ越した。3歳の
兄(弟)が荷物の上に乗って提灯を持っていた。仕事を
終えてからの引越しだから 夜になるのだった。
アパートに電気はなく、ガスはあった。通りにガス灯が
点いていた。台所と居間にガスランプがあった。ガスランプは
健康に悪いけれど、家賃は安かった。
父の週給と月の家賃は同じだった。母はThoraを
入れて3人の子の服を自分で縫ってくれた。
アパートのトイレは無く、階段のある吹き抜けに 
窓のない囲いがあり、それがボットン便所だった。窓の
無い真っ暗な便所が 怖くて 子どもはベッドの
そばにオマルを置いていた。
石炭による暖房は居間にだけあり、子どもの寝室にも
両親の部屋にも暖房は無かった。
土曜日に石炭で大きい鍋に湯をわかし 亜鉛の盥を
台所にもってきて、お風呂にした。お風呂は楽しかった。
日曜の朝 洗濯した下着に着替えた。
(ブログ管理人の蛇足:昔は 週に一度 下着を
替えたのだろうか?)
次は 夫との出会い。
下記サイトから:
http://www.bild.de/BILD/news/vermischtes/2008/11/10/loki-schmidt/erzaehlt-ihr-leben-kindheit-in-armut.html  


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2008年11月20日

インドのゲイは 法を盾に強請られることに怯える

同性愛は 世界最大の民主国インドで不法行為である。
同性愛は「自然の秩序」に反する行為であり、
10年から終身の刑期で罰せられる。これは強姦や
殺人の刑期よりも長い。
1860年に英国から押し付けられた「反同性愛法」を
廃止しようと言う運動を 人権擁護団体はしている。
インドの人口11億のうち3/4は35歳以下だ。家を離れ 
多国籍企業で働く若者は 増えている。
若いゲイやレズは 国際コールセンターや情報産業で働くと 
少しは 受け入れられるように思うと言う。
ゲイであることは 芸術や文芸の社会ではインドでも 
受け入れられるように なりつつある。
しかし実際には ゲイやレズの人々が 公然と会える
場はあまりない。彼らは 閉塞的は生活をして、
自殺しやすく 精神病になりやすいという
危険を抱えている。
報道によると、レズであるという理由で解雇され
たり、十分に女性的でないというのが悪いと言って
強姦されたりすることがある。
大半のゲイの男は 結婚していて しばしば子ども
もいる。そのうえ 男の愛人と隠れて付き合う。
バンガロールのような大都市でも ゲイの社会は 地下の
バーに入るのに特別の入場証が要るような 秘密の
クラブだと見なされている。
ゆすり屋は インt-ネットでチャットして ゲイにデートを申し込み 
相手が現れたのを 捕まえて 金をゆする。
○2008年11月17日 The Daily Yomiuriから抜粋。
元は The Washington Postの Emily Waxによる記事。
  


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2008年11月19日

コンゴ政府軍兵士・東コンゴで敗走

士気を阻喪したコンゴ民主共和国兵士は11月18日に
ツチ族反乱軍を恐れ 逃げ出した。
国連では兵力投入について議論されている。
政府軍兵士は 臆病で ただ逃げるだけ。逃げながら 
強姦し、略奪している。
ドイツのKoehler大統領は 国連軍に兵士を送る
ように欧州諸国に呼びかけた。
国際刑事裁判所は1月にコンゴ民兵の指導者 
Thomas Lubangaについて審理する。彼は 
2002年から2003年まで コンゴ東部に子ども兵士を
投入した。彼は 子ども兵士を使ったことについて 
国際法廷で審理される最初の被疑者である。
彼はすべての非難に反論している。
下記サイトから:
http://www.dw-world.de/dw/article/0,2144,3803596,00.html  


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2008年11月18日

亡命チベット人の会議/中国との関係について

ダライラマの対中国政策を 若い亡命チベット人は 失敗だと
見なしている。
今 新しい戦略が協議されている。しかし どんな行動を
選ぶか、選択肢は あまり無い。
11月17日に北インドのDharamsalaに数百人の
亡命チベット人が集まり、新しい政治戦略を協議した。
22日に閉会する。ダライラマはこの会議を招集したが、
参加はしていない。
特に「チベット青年会議」Tibetan Youth Congressは 
ダライラマの主唱した チベット自治と非暴力について 
批判している。
デリーで Heinrich-Boell奨励金のために 経過を
観察しているTshering Chonzonは この会議を
「チベットの離散者の民主的発展への一里塚」と評価している。
今までの北京との8回の対話の結果、何も変わら
なかったので これ以上北京と対話するか どうか 
分からないという意見も 亡命チベット人の中には 出ている。
ダライラマが死んでも チベット問題は消えない。ダライラマの
亡き後に もっと大きい対立が起きるだろうという意見もある。
下記サイトから:
http://www.zeit.de/online/2008/47/tibet-exil-china-konferenz
  


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2008年11月17日

英国ジャージー島の児童施設地下の捜査結果

チャネル諸島のジャージー島(北フランスの沖にある)の元養護施設
の地下室を警察は捜査していたが、驚くべき転換があった。
そこで子どもが殺されていなかったことが分かった。
発見された骨は獣の骨であるか、何百年も前の骨だった。
地下に拷問室があったという証拠も見つかっていない。
しかし1960年代からの児童虐待と拷問についての
報告はさらに調査される。

地下室に骨が見つかってから 当時の児童養護施設は
残酷な児童虐待の舞台として 世界中の新聞に報じられた。
当時の入所者150人は 職員により 性と酒の宴会、
少年・少女への強姦や殴打、冷水につける
拷問について報告した。

地下室で死んだと言われる子どもについて 
当局は建築物の基礎まで 詳しく調べた。その結果、
殺人や拷問用地下室があったという証拠は
見つからなかった。
元入所者の大半は島を離れている。
今までに3人が告訴した。
下記サイトから:
http://www.heute.de/ZDFheute/inhalt/1/0,3672,7409857,00.html  


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2008年11月16日

麻薬手入れinベルリン

260人の警官と麻薬捜査犬による 麻薬手入れが
11月14日に ベルリンで行われ 麻薬販売業者と思われる
11人が逮捕された。
様々な武器、コカイン250グラム、アンフェタミン9.5キロが見つかった。

下記サイトから:
http://www.n-tv.de/1054175.html

★コカインは1g 3~5万円だそうで、250gだと
750万~1250万円。
アンフェタミンgは1g 10万円くらいで、9.5kgだと
95億円??  


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2008年11月15日

ドイツ人とチベット/産経新聞 連載「ベルリン物語」

2008年11月14日から 抜粋:

ドイツ人とチベット

 ベルリンの東洋美術館で ベルリン自由大学の
ヨルク・アイヒラー教授主宰の「チベット写真展」があった。
教授が2004年と06年にチベットを訪問した際に撮影し
たスライド写真約130枚が披露された。

 ドイツではチベットヘの関心が非常に強く、
ダライ・ラマ14世が5月中旬にベルリンで演説した際に
約2万5000人が押し寄せたほどだ。
 ドイツ人がチベットになぜこれほど関心を寄せるのか、
いつも不思議でならなかったが、写真展に来てい
たある女性建築家の話を聞いて、少し納得した。
彼女いわく
「ナチスの″過去″をもつドイツ人は戦後、暴力に極端に
敏感となった。仏教は平和のシンボルとして映っている。」

 メルケル首相のチベット政策にも力がこもっており、ダライ
・ラマが昨秋、ベルリンを訪問した際には中国の意向を無視し
てドイツ首相として初めて会談した。独裁国家の旧東ドイツで
育ち、人権侵害を容赦できないという首相の独自の哲学に基づ
家の話を聞いくことは言うまでもないだろう。

ナチスと旧東独--.ドイツではチベット問題を語るときですら
2つの″過去″を抜きにできないのである。 (黒沢潤)
  


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2008年11月15日

白熊クヌートの飼育係トーマス・最良のベルリン人に選ばれる

ドイツのメディアBildの読者の投票によると 飼育係トーマス 
デルフラインさんが 全投票数の36%弱を獲得し、
ベルリン史上 最善のベルリン人に選ばれた。
第2位は Ruepel-Rapper Bushido(30歳)、第3位は
天才アルベルト アインシュタイン(1955年没)。

(ブログ管理人の蛇足:
Bildは 見れば分かるように 
あまり お上品なメディアでは ないです)

トーマスさんは1963年にベルリンの労働者地区に生まれ、
ベルリン動物園の飼育係として修行し、猿・猛獣・
アルプスの岩間に住む野生ヤギの世話をした。
1987年に熊の担当になった。
2006年12月5日に白熊が双子を産み 母親は
養育を放棄した。トーマスさんは生後5時間で
赤ちゃんを巣から取り出し、世話を始めた。
双子のうち一匹は死に、クヌートは保育器の中で
生き残り トーマスさんの手で育てられた。
トーマスさんが赤ちゃんのクヌートと檻の中で騒ぎ
回るのを見て 何百万人のベルリン人は喜んだ。
人々は 赤ちゃん熊の不器用な動きに引きつけられた 
だけでなく、飼育係の献身的な何ヶ月もの
尽力に感嘆した。
下記サイトから:
http://www.bild.de/BILD/berlin/leute/2008/11/14/thomas-doerflein/gewinnt-bild-de-voting-wer-ist-der-beste-berlilner.html

  


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2008年11月14日

白血病の少女・心臓移植手術を拒否in英国

Hannaは 手術も治療も入院も もう嫌だ。家で死にたい。
強い薬は白血病を抑えるが 副作用で心臓に穴があいた。
心臓移植をしなければ この子は死ぬ。
病院は悪い時期のことを思い出させる。病院にいるのは 
飽き飽きした。手術しないことで 寿命が短くなってもいい。

裁判所は彼女に 権利について話した。
13歳でもう 直ぐ死ぬと知ってしまうのは 辛いが 
それが一番いいと思っている。
両親にも 辛いことだけれど 彼女の決定を支持している。
医師は両親から Hannaの養育権を取り上げて
心臓移植しようとした。彼女と病院が話し合い、
病院に譲歩させた。
移植された心臓について拒絶反応を弱める薬が 
白血病を促進してしまう危険が 高いので 少女は
移植を拒否することにした。
彼女の最後の望みは フロリダ州Orlandoの
ディズニーワールドへ行くことだ。けれど 4歳と11歳の
彼女のきょうだいと両親とで フロリダへ行く旅を
保証してくれる人はいない(あるいは 
「この旅行に保険をかけてくれる保険会社はない」?)
下記サイトに動画もあります:
http://www.bild.de/BILD/news/vermischtes/2008/11/12/hannah-jones-sie-will-sterben/herztransplantation-abgelehnt.html

  


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2008年11月13日

「白衣の麻薬販売員」という糾弾inドイツ(下)

Peter Scherlerは健保の虚偽申請と清算を調査する
グループの責任者で、捜査についても検察庁を
支援している。

代替薬の分野には 他のどの医学分野におけるよりも 
多くの規制があるので、実地で その要請に
応えることは ほとんど できない。

既述の二人の医師は「社会的任務を引き受け、
一生懸命働き、そして犯罪者とされ、公的な筋
から絶縁された」とFredrich夫人は言う。Fredrich医師は 
夜も週末も患者に問題があれば出掛けていた。

Foellmer医師も 患者のために 心身をすり減らした。
52歳だが 15歳は老けて見える。裁判の前に
精神的にボロボロになり 病院へ行った。
彼の弁護士は 全面的自白と引き換えに4年の
拘置にするよう 検察と交渉している。
彼はすべての患者のために治療計画を作り、
既往症を記録していた。法律家は医師ではないのだ。

Fredrichは「なんら やましい ところは 無い」と
言っている。メタドンを売っていないし、誰をも依存症に
していないし、患者に障害を負わせたのでもない。
必要なら 連邦憲法裁判所に申し立てるつもりだ。
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2008/46/Methadon?page=2  


Posted by jtw at 14:40Comments(0)