2008年03月30日

ドイツ語のテストのサイト

初級・中級ドイツ語のテストを 下記で 受けられます。
http://www.goethe-verlag.com/tests/DY/DY.HTM

独学していて 励みと言うか 何かあった方が いいかも
知れない。
ホントは ドイツ語圏の人と 付き合えたら 理想的だけれど、
この会も 潰れ 再開は なさそうだから、せめて インターネットを
活用しましょう。

★ブログの40%は 迷惑ブログと言うて、 宣伝のためのアクセス
稼ぎの場や H系だったり、他のサイトへ誘導するだけの ためだと
新聞に出ていました。
このブログも 他のサイトを紹介するだけの ような感じですが、
迷惑では ないように 思う。  


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2008年03月30日

障害者・病人デモ行進inパリ

障碍者や病気の人が まともな生活費を求めてデモをした。
フランス全土から 貸し切りバス 飛行機 特別列車に乗って、
主催者の発表では 3万人がデモに集まった。
多くの人は 車椅子や松葉杖で参加した。
プラカードには「障碍を持つということは貧しいという事」
とか 「月628ユーロでは物を買えない」と書かれていた。
(1ユーロ=155円)
フランスの大半の障碍者は 月817ユーロの貧困限界 
以下で生活している。働く能力のある障碍者のうち 
5人に一人は 失業している。
障碍者組織は 少なくとも1280ユーロの最低賃金を求めている。
下記サイトから:
http://www.n-tv.de/941067.html?290320081622
  


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2008年03月29日

ミス地雷2008inアンゴラ・賞品は義足

アンゴラでは 毎年百人以上が 地雷を踏んで死ぬ。
インターネットでの投票で 25歳のマリアがミスに選ばれた。
マリアは1998年に まだ少女だった頃 軍の攻撃から
逃げる時に地雷で右足を失った。
このコンテストは ノルウェーの芸術家 Morten Traavikの
発想に基づくもので アンゴラ政府とEUが後援した。
彼は この内戦の もっとも残虐な事柄の一つ 地雷を 
忘れないでいようと思っている。
内戦は26年続いた。
数百万の地雷がアンゴラの土に埋められ 数万人が
命を落としたり重い障碍を負った。
毎日 200万人の農業労働者が畑で地雷を踏む危険がある。
アンゴラで 過去3年間で421人が地雷と不発弾のために死んだ。

ミス地雷コンテストのサイトは:www.miss-landmine.org
出場者の写真が 見られます。

下記サイトから:
http://www.welt.de/vermischtes/article1843251/Die_Schoenste_gewinnt_eine_Prothese.html
  


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2008年03月28日

妹と結婚した男性の拘留は停止されるinドイツ

連邦憲法裁判所の判断によれば 兄妹間の結婚は有罪で
あるが、検察は4人の子どもの父である男性の 刑の執行を
停止する。
彼は家庭に戻れる。
31歳のPatrickは 23歳の妹Susanとの間に 4人の子どもが
いる。Susanは 人格障碍と軽い知的障害がある。
子どものうち2人は 障害児である。
3月14日のこのイコラブログにも 書かれているように、
彼は有罪の判決を受けていた。
しかし 二人は困難な家庭に生まれ 別々に成長した。
Patrickは 施設と里親の元で育った。そういう事情を考慮にいれ、
首相Geeorg Milbradtへの 赦免申請と 欧州人権裁判所への
異議申し立てを すると、弁護人は予告していた。
下記サイトから:
http://www.stern.de/politik/panorama/:Inzest-Prozess-Haft-Inzest-Vater/615327.html
  


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2008年03月27日

鶏より家鴨に鳥インフルエンザの危険が高い

家鴨・人間・田が タイとベトナムでの 鳥インフルエンザ
発生の主要因である。
国連食糧農業機関FAOは 2004年と2005年の
鳥インフルエンザ流行の原因を調査した。
衛星からの撮影によると 家鴨の数と人口密度と
田の面積の間に密接な関連があることが 分かった。
家鴨は刈田に残った米を食べるため 田に集まる。
田に家鴨が 集中する時期に 鳥インフルエンザの
流行が増える可能性がある。
田は 他の多くの鳥の生活圏でもあり、従って 
家鴨が感染する危険も高くなる。
タイでは 2005年に家鴨の飼育について より厳しい
規制が導入された。それと共に 政府は鴨の飼育場や
囲いの建築に資金援助をしてきた。その結果 
2005年末には H5N1ビールスに感染する鳥は 大変減った。
下記サイトから:
http://www.n-tv.de/939006.html?260320081447
  


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2008年03月25日

少年少女奴隷inハイチ

ハイチはキューバの近く、ドミニカ共和国の隣。
貧しい人が もっと貧しい人を使うので ハイチでは 
子どもは奴隷になる。子どもを扶養できない母親は 
すこしは金のある家庭に子どもを渡す。子どもは家事
手伝いをすることになる。
ハイチには そんな子ども奴隷が 173000人いる。

首都 Port-au-Princeの スラム街に8平方メーターの
小屋がある。そこで15歳のマガリは 8年間 子ども奴隷を
している。この小屋に7人住んでいる。夫婦と4人の子ども
と マガリ。
マガリはみんなのために働く。6時に起き、皿を洗い、
水くみに行き、床を拭く。土曜日に洗濯する。
仕事が終われば すこし 遊べる。そうでなければ命令
されたことをする。
1日16時間働く。5歳の奴隷もいる。
マガリの雇い主のミセラは31歳。マガリに食べさせて 
学校へやり、服も買ってやるのだから 奴隷ではない と言う。

子ども奴隷のうち75%は女の子。
彼らは 発育が遅れているし、低栄養状態であることが 多い。
マカリは12歳になって やっと 読み書きを習い始めた。
スラム街にある 学校 コレーゲ ベレナは ドイツの
子ども援助組織が支援している。
学校へ来る子どもの多くは 遅刻するし、過労だし、
空腹だし、集中できない。
この子ども達に 幼年時代はない。遊びもない、想像力
もない。とりわけ 愛情がない。大半の奴隷にとって 
親に再び会うこともない。
夢は寝ている時に見るもので、将来の夢はない。
もし天使が来て 望みをかなえて くれたら どうすると 
問われて、マガリは「天国へ連れて行ってと 頼む」
天国で何を するの?と問われて 「もちろん 
命令されたことをするの」と答えた。
下記サイトから:
http://www.tagesschau.de/ausland/kindersklaven2.html
  


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2008年03月23日

父は死んでいったのに誰の助けも呼べなかった

6歳と8歳の娘は癌を患う父が死んでいくのを見ていた。
青少年局は処置をする人手がなかった。娘たちはトラウマを
受けた。検察は捜査を始めた。

Martinaは 朝おきると 放心し、しょんぼりしている。
質問には答えない。「また父さんの夢を見た」としか言わない。

病気の父親と一緒に 他の誰の手助けもなく、何ヶ月も二人は 
汚れ放題の住処で 生きてきた。

この事件は 責任の所在、弁解、弁護の戦略について 
政治問題になっている。

この家族は 昔 炭坑労働者住宅だった家に住んでいた
(写真がでてますが、日本のアパートとは 全く違って 
美しいと言っていい外観です)。
臨時雇いとして 父Robertは 1987年にここに引越してきた。
大酒飲みで 家庭は口論が絶えなかった。とうの昔に
成人している 子ども達は 彼から 離れ、妻は88年に死んだ。
その後 25歳の女性と知り合い 結婚した。99年にMartinaが
生まれ、2001年にElisabetが生まれた。
Robertは60歳で年金生活者になっていた。
妻は 金も足りないし、暴力を受けるし、娘を連れて家を出たが
2005年に 夫が重病になったので 夫の所に戻った。

二人の子どもは 悩みのない生活をしたことは なかった。
娘が6歳と4歳のになった頃 母親は腸癌で死んだ。

Martinaは 「母は子どもを見捨てた」と何週間あとにも
言っていた。Robertは娘二人と共に また炭坑労働者
住宅に戻った。しかし もう66歳になって、娘二人の養育は 
手に負えなかった。
Martinaは 小学校へ入って 汚れた服を着ているので 
2007年1月に校長は少年援助局へ 警告した。役所は
ヘルパーを派遣した。ケースワーカーはもっと酷い事例に
慣れているので この父は ちゃんと 子どもの面倒をみて
いると考えた。そこで 4月に始めた援助を8月に中止した。
それが重大な間違いだったのだ。

父親の健康は 晩夏から悪化した。歯は無くなり、咬めなく
なった。煙草を吸い過ぎ、咳が止まらなかった。
娘達は スーパーで冷凍ピザや菓子を買い 袋が重すぎて 
もてないと 大人に運ぶのを手伝ってもらった。

12月に父は入院した。肺ガンの末期で 手術もできず、
2008年1月に退院。
マルティナは 父の看病・買い物・料理のため、宿題をする
時間がないと 担任に申し出た。校長は少年局へそのことを伝えた。
2008年初めに 少年援助局の専門職8人は 人手不足のため 
健康を犠牲にして 働いていた。その役所は 娘たちの家から
600メーターしか 離れていなかったが、職員は 家庭訪問
する余裕もなかった。教師は 職員に電話したが 人手が
ないので 待ってほしいと言うことだった。

1月20日の夜 父は息をしなくなった。マルティナは異母兄
に電話したが 彼の電話は 電源が入っていなかった。
翌朝9時半に やっと 異母兄に連絡できた。マルティナは
一睡もしていなかった。

マルティナはしばしば 記憶に苦しめられ、自分を責める。
なぜなら 父が息をつまらせた時に 誰にも 連絡できなかった
からだ。すぐに 助けを よんでいたら、父は 生きていられた 
かもしれないのに。
妹 エリザベトは学校で過去の事を聞かれても 黙っている。
たびたび コントロールできない怒りの発作におそわれる。
心理的なケアが すぐに 必要な状態だ。

Patz警部は 息子がマルティナと同じクラスにいるので 
二人を引き取った。今 二人に 歯をみがくこと、体を洗うこと、
服を床に放り投げないこと、手で食べないこと などを 
教えている。
しかし警部夫婦は 二人とも 働いているから ずっと
永続的に 二人の女の子の面倒を みるわけに いかない。
一人なら 面倒みられるが 姉妹はもう 離してはいけない。

そこで 二人とも まとめて 養育していいと言う里親の 
ところへ 行くことになる。今 3組の里親から 申し出がある。
子どもには 里親を そのうちの誰にするか 決める権利はない。
下記サイトから:
http://www.spiegel.de/spiegel/0,1518,542740,00.html

★日本では こういう場合 子どもは 児童擁護施設へ 
送られる。要保護児童の 90数%は 施設へ行く。従って 
施設職員から 入所している子どもへの 虐待は しばしば 
報道される。所内の子ども同士に暴力について 
報道されないが 存在する。
一方 ドイツでは 里親へ いく子ども が 多いから 
当然 里親が 里子を虐待したという 報道は ある。
  


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2008年03月22日

月刊「言語」2008年4月号特集”新しい語学のすすめ”

大修館書店の標記雑誌、特集は 16の言語について。
ドイツ語は 日大 文理学部の 米井 巌(よねい いわお)教授の
記事です。
ドイツ語のAmazonで 「ドラえもん」や「ドラゴンボール」の
ドイツ語版DVDが あるそうです。
Postastic Conventionという CDではドイツの人気
ロックバンドが 自分たちの歌を 翻訳して 日本語で歌っている、と
米井先生は 言うておられます。
  


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2008年03月21日

顔面の癌で顔が崩れた女性死亡

このフランスの女性は7年間癌と闘い 痛みは耐え難くなり、
死ぬ権利を求めて裁判所に訴えていたが、却下されていた。
その後 3月19日に彼女は死んでいるのが 見つかった。
誰かが 彼女の死を 手助けしたか どうか 分かっていない。
この事件を通して フランスでは 死ぬことへの援助に
ついての議論が起きている。
この希な癌は 鼻の穴から顔を浸食し 視神経を冒し、
激痛をもたらす。
彼女は痛みを抑えるモルヒネに 耐えられなくなって
いたし、外出する勇気も無くしていた。
フランスの首相 フランソワ Fillonは 3年前に可決された 
死亡援助法を 指示していた。この法では 医師は治療を
止め 受動的死亡援助をすることができる。
下記サイトから:
http://www.heute.de/ZDFheute/inhalt/22/0,3672,7183350,00.html
  


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2008年03月20日

魂の安らぎ・ダライラマについて俳優ウルマンは語る

Kostja Ullmannはダライラマに会ってみたい。
宗教は 禁止と強制だと 思うので 私の人生に 
宗教は大きい役割をもっていない。
しかし 仏教は魅力的に思える。
仏教は規制を強く要求しない。生きているうちに起きる
ことは 皆何かの意味が あるという考えは 楽天主義
に思える。
母が最近「一月で分かる仏教」という本を くれた。坊さんは 
いらいら しないそうだ。ダライラマも いらつかない。
去年 夏に ダライラマは ハンブルクで講演した。私は 
テレビで聞いた。ダライラマは 聞き手と 一緒に 演じた。
その講演の仕方に 私は 共感した。

ダライラマに実際 会えたとしたら 一緒に瞑想するだろう。
それまでは 素人のやり方で 舞台に出るまえに 5分間 瞑想している。
それから 一つだけ 尋ねたいことは 疑いを 持たないか 
どうか ということだ。いつも 微笑んでいるのは 疲れない
だろうか。

父は 一度 2週間 ある寺で過ごしたことがある。
その話しでは 朝5時に起き 座禅し 境内を掃いたりして、
個人的なことは 何もしないで 過ごすそうだ。私は 
早起きも 庭掃除も 苦手だ。
母親からもらった 本によると、仏陀は完全な魂の平安に
到達し、それを どんな状況でも 持ち続けたそうだ。もし 
そうなら 仏教徒を 羨ましいと思う。

お寺に泊まるのは きっと 良いと思うけれど、今は
インドを半年の間 旅行する計画をたてている。
母が インド系なので インドに興味がある。
ダライラマと 一緒に インド旅行するというのが 夢のまた夢だ。
下記サイトから:
インタビューの音声も 聞けます
http://www.zeit.de/2008/11/Traum-Kostja-Ullmann

★ 
この記事への 読者からのコメントに ウルマンは単純すぎると 
いう指摘が ありました。確かに そうです。けれど ただのお笑い
芸人さんでも なさそうだし、今 チベットは 大変なことに なっているので
読んでみました。
ウルマンさんは 名前だけ見て 女性かだと 思いこんで 最初 
女優と 書きましたが 検索してみたら 男でした。
彼は2006年の日本映画 「バルトの楽園(がくえん)」に 出演
した。鳴門市にあった板東俘虜収容所についての映画です。
  


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2008年03月20日

中国語レッスン@WBSで放送・水曜夜

水曜夜9時40分か45分ころに 和歌山放送で 講師は
和歌山大学大学院生 張テイさん (テイは女+享)
(Zhang Tingさん) 。 初級 中国語レッスン
放送してます。テキストなし。5分間 くらい?
きのう 偶然 聞きました。  


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2008年03月19日

中年男性のヘロインとの付き合い

ドイツの七つの市が 重度依存症の人にヘロインを提供している。
ヘロインを犯罪によって入手しないで 生きていける唯一の道なのだ。
もし連邦議会が この方法を合法だと認めないなら、
Arneは再び 強盗をしてヘロインの金を稼ぐことになる。
Arneは毎日 ヘロインを3-5回 うつ。ストリキニーネも
洗剤も注射する。目は炎症を起こしているし、網膜剥離もある。

彼らを病気にして 死なせるのは ヘロインでなく、汚染された
注射針であり、毒物を麻薬売り人が混ぜていたためだったり、
薬のやりすぎ だったりである。

何十年も麻薬から 離れられない重度依存症の人に医師の
監視の元に 純粋のヘロインを与えると、患者は体力を
取り戻す。そして もう空き巣に入ったり 銀行強盗する必要も
なくなる。そうなれば普通の生活をする機会も得られる。これが 
ヘロインを処方するという実験を 支える考えである。
この実験を続けるには 麻酔剤法を 改訂しなければならない。
Arneはこの実験に参加している。

彼は47歳、17歳でヘロインを始めた。他に 化学薬品 
コカイン LSDもやった。
15-16歳の頃に 飲み放題の父と 黙っている母親を軽蔑し
始めた。それまでに いくつかの児童養護施設に入ったことも
あった。学校は止めた。自分で静脈にヘロインを注射した。
1日にヘロイン代は200-300マルクかかった。金は強盗を
して稼いだ。
初めて逮捕された時は 1年間 刑務所にいた。刑務所は 
彼にとって職業訓練所だった。
その後 結婚したが また6年 刑務所に入った。刑務所内
でも麻薬は入手できた。母はハシシュを差し入れた。
1989年に出所した。
その翌日 妻 Sabineは消えた。堅気になるつもりで 
出てきたがそれで 気力も無くなり、また注射を始めた。

30年間ヘロインをしてきて、次の金をどうやって手に
入れるかだけを考えてきた。1-2回は ほとんど 麻薬をやめ
られそうになったことも あった。自助グループのリーダー
にもなった。初めて麻薬の力によらずに 自分の力で 
満足を得られた。そんな時に 別れてから会っていない 
Sabineが エイズで死んだと 聞いた。それ以来 また 
金を求める生活が始まった。
1998年に 強盗に入って 捕まり 2002年に出所した。
42歳だった。人生の1/3は 刑務所で過ごした。

服役中に 本を寄附してほしいと言う新聞広告を出した。
何人かが小包で本を送ってくれた。その中に ヘルマン 
ヘッセの「少女」もあった。シェイクスピアのソネットに 
感動し、自分でも 詩を書いた。

麻酔剤法が改正されたら すべての治療がうまくいかない
約2000人の麻薬依存症者に ヘロイン診療室で無料で 
麻薬を提供できる。しかし 連邦議会で CDUだけが 
これに反対している。

現行のヘロイン提供実験は 学術的試行なので いつか 
終わる。そうなれば 彼のような人は また 強盗をする
ことになる。
彼は 4年半 国から麻薬をもらってきた。4年半の間 やっと 
自分の生活をコントロールできてきた。30年前に 無くした 
コントロールだった。一部屋だけのアパートに住み、仕事を
探してきた。コールセンターでも働いた。ヘロインの量は 
半分になった。しかし 昔 汚染された注射針から うつった
肝炎が 最近 悪化した。直ったら また働きたい。

60歳になってまで ヘロインをしているのは 悲しいと
思っている。
ヘロイン治療室から 中央駅へ歩いて行く途中に 
ハンブルク麻薬相談所がある。地下鉄でアパートへ帰り 
まだ見える片目で テレビを見る。8時間後にまたヘロインを打つ。
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2008/12/Heroin?page=1
  


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2008年03月17日

児童虐待・小児外科医が語る

大半の児童虐待は 典型的な経過をたどると 小児外科医
Herald Mauは言う。
加害者の状態 行動の典型 暴力にあう子どもの無力な状態 
子どもの最悪の体験を Mau教授は語る。
虐待には アルコールや麻薬が関わっている場合が多い。
子どもが 親の思ったような反応を示さないで 泣き叫んだり 
すると、虐待する方は 怒り狂って 惨事に至ることがる。

親に暴力をふるわれた子は 耳が痛いとか 片目が見えない
とか 目まいがするとか 言わない。虐待された子どもは 
苦しみを訴えに行く相手(レファランス パーソン)を持たない。
(レファランス パーソン= 特定個人の人格形成において 
規範・準拠の役割を果たす人物)
苦しみは隠される。

同じ医師のところへ 同じ子どもが 何度も 行くとは 
限らない。従って 医師は 児童相談所と協力しなければ
ならない。
子どもが少なくとも 年に一度 検査を受けていれば 
障害を受ける危険は少ない。定期的な 小児科医による
検査が大切である。
隣人や知人が 子どもの様子に注意を払うことも 
大切である。

多くの子どもが 誰にも気づかれないままに 虐待によって
死んでいる。死んだ子どもは すべて 剖検(ぼうけん)
されるべきである。解剖は 死んだ子どもの尊厳を傷つけない。
子どもは 死ぬ程の虐待を受けることによって 
尊厳を傷つけられる。虐待が こどもの尊厳を傷つけるのだ。
下記サイトから:
http://www.stern.de/politik/panorama/:Kindesmisshandlungen-...bis/614047.html
  


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2008年03月16日

志ん生さん・大連からの引き揚げ船内で子ども達にお話し会

3月15日産経新聞に第12回プロミス約束エッセー大賞の入賞作品が
でています。
下記サイトでも 読めます。
http://sankei.jp/ad/promise12/

志ん生さんは 満州に巡業に行っている間に 敗戦になり 引き揚げの
途中 船内で 子どもたちの ために 毎日 話しをされたそうです。
エッセー大賞で優秀賞を受けた大西功さんの作品は 当時11歳で 
そのお話を船内で 聞いた思い出を 書かれたものです。

ご子息の志ん朝さんは 獨協高校でドイツ語を習った方で、
コンサイス独話の編者 国松教授との 対談は 三省堂のサイトで
読むことができます。
  


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2008年03月15日

アフリカの妊婦の死亡率

アフリカの妊婦の高い死亡率は エイズや他の感染症を
予防することによって劇的に減らせる。
バルセローナ大学の学者によると、妊婦の多くは 
妊娠中の合併症によって死んだり、分娩時に死んだり
するよりも 妊娠を無関係な感染症で死んでいる。
2002年から2004年までの間に モザンビークの
Maputoのある病院で 139の妊婦の死亡例について 
その死因を調べた。
そのうち38%は妊娠や分娩と関連のある合併症で死んだ。
一方 エイズやマラリア 髄膜炎 肺炎による 死亡は
48%だった。
サハラ砂漠以南のアフリカで 10万人の妊婦のうち 
千人が 妊娠中か 分娩時に 死ぬ。
先進国で この死亡率は 10万人あたり8人に すぎない。
下記サイトから:
http://www.n-tv.de/920800.html?190220080201
  


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2008年03月14日

兄と妹の結婚は罪になるとドイツ憲法裁判所は判断した

この夫婦の夫Patrickが まもなく2年半の禁固刑に
服さなければならないことになり 弁護士は驚愕している。
きょうだいの間の 結婚は スペイン トルコ 中国では
罪にならない。
子供に重い遺伝の障害が起きる危険が高いという理由で 
ドイツでは きょうだい間の結婚は 禁止されている。

しかしこの事例は 明らかに悲劇的で 痛ましい。と言うのは
二人は 困難な家庭に生まれ 別々に育ったからである。
Patrickは 幼い頃から 児童養護施設や里親のもとで 
育った。
二人を生んだ母親が急死する直前に二人は 知り合った。
二人の間に生まれた子ども4人が 父親に会いに 刑務所へ
行くことにならないように 寛大な処置が望まれる。
軽い知的障害をもつ妹Susanは 兄より7歳年下で 
1984年生まれ。16歳の時に兄と知り合った。
4人の子どものうち2人は障害をもつ。
以上 下記サイトから:
http://www.heute.de/ZDFheute/inhalt/17/0,3672,7168625,00.html

★ドイツでは 家庭に恵まれない子どもの多く(半分くらい?)
は里親へ行ける。
日本では 里親へ行く子は 要保護児童の10%に満たない。
こういう状況は 先進国では他に例を見ない。
乳児院(2歳まで)と児童養護施設は 満員に近い。
それでも 里親への支援態勢は整っていないから 
里親は 減ってきている。
施設の経営者(理事と呼ばれる。会社の取締役にあたる)は
無給で経営にあたり、その上 施設に寄附までしていると
言う方も多い。
その内 何人かは退職後 勲章までもらう。無給の奉仕で
あっても 子どもに 辛い経験を与えたら それは 
褒められていいことでない だろうに。
インターネットを見れば、日本のどこかで 地方新聞に 
毎月 施設で児童を虐待したという 記事がでていることが 
わかる。
施設内の 子ども同士の 虐待は 新聞にでない。ネットで
読んでください。

  


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2008年03月14日

文楽・岐阜瑞浪市相生座で5/31に公演

5月31日 簑助さん 勘十郎さん
嶋大夫さん 千歳大夫さん 燕三さん他
曽根崎心中 義経千本桜など 二部に分けて。

相生座は 江戸末期から明治時代に栄えた美濃歌舞伎の
二つの小屋を移築、合体して1976年に開場した。

簑助さんは 13-4歳のころ、福岡 飯塚市の嘉穂劇場で
恋女房染め分け手綱の 子役 三吉を遣った。
観客が 涙を流しながら 次々に「おひねり」を 投げてくれた。
客席の反応が真っすぐで いにしえの 舞台人の息吹を
感じる。そんな 地方の劇場を簑助さんは 愛している。

以上 日本経済新聞 2008年3月13日夕刊から抜粋  


Posted by jtw at 09:14Comments(0)

2008年03月13日

アメリカ横断徒歩デモ行進

下記URLをクリックして ずっと下の方 3月9日のカキコミです。
2人のビルマ人 亡命者 Athein と Zawが 3月1日に 
アメリカ太平洋岸 オレゴン州 ポートランドから ニューヨークに
向かって歩き 始めた。
8月8日に国連へ請願書を提出するための 3千マイルの徒歩旅行。
ミャンマーで1988年8月8日に抵抗運動があり、それから20年の
記念日に当たる。
1日25-30マイル歩く。一人は米国旗を掲げ もう一人はビルマの
反体制政党の旗をもつ。
彼らのウェブサイトも カキコミに出ています。
詳しいことは 無料翻訳ソフトで 読んでください。
http://www.ko-htike.blogspot.com/

★開拓時代に Oregon Trail という道があった そうですが
その古い道を 歩いているのでしょうか
  


Posted by jtw at 07:52Comments(0)

2008年03月12日

子どもで家も希望もないホームレス@ドイツ

ドイツで2万人くらいの子ども、少年、若い成人が路上生活している。
多くは病気で、将来の見通しが立たない。
援助プロジェクトが世話した ホームレスのうち 半数は18歳未満、
3%は14歳未満、少女は35%である、

家を出る理由は 養育放棄から 家庭内暴力、離別、
アルコール中毒、親の麻薬依存など。

子どもや少年のホームレスには 典型的な事例が
あるわけでない。子どもと 気持ちの上で 関わりを
放棄していることは 中産階級においても 見られる。
生き延びることが 問題である。多くのホームレスの
少年は 肝炎や鬱で苦しんでいる。アル中になったり、
麻薬中毒になったりする。成人した後に 精神的な
病気になりがちである。

「路上生活の子どものための同盟」は 将来 
他の25の団体と協力して 若いホームレスを 
世話したいと考えている。
ホームレスの子が 社会から完全に切り離されて
しまうことを 専門家は心配する。成人して後に 
全ての 網目から 抜け落ちてしまうのでは ないかと 
危惧される。
下記サイトから:
http://www.tagesschau.de/inland/strassenkinder4.html
  


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2008年03月11日

写真展@梅田大丸Museum20世紀の巨匠たち

3月17日(月)まで。800円、JR大阪駅の真上。
「写真界のスーパースターに会いにいく」という 副題。
よかったです。
次の 写真家の作品:
Man Ray. Edward Weston, Wynn Bullock, Ansel Adams, Irving Penn,
Ernst Haas, Robert Maplethorpe, William Klein, Robert Capa,
Andre Kertesz, Helmut Newton, Andy Warhol, Lewis W. Hine,
W. Eugine Smith

写真家は みなさん ヨーロッパとアメリカですが、写される人と風景 生物は
日本や ベトナム戦争 パレスティナ アフリカなど 世界中です。

一部の作家の 作品集も 売っています。 Ernst Haas や 
Eugine Smithなど 買いたいと思ったのに 写真集は なかった。

イコラblogでも フォトラプソディさん 化粧師秀さん 42号線を南下して
さん など 写真の いいブログを 楽しませて もらっています。
  


Posted by jtw at 15:46Comments(2)