2009年06月08日
人形浄瑠璃「弘知法印御伝記」新潟で300年ぶり復活
日本経済新聞 2009年6月8日の記事から 抜粋。
(地元の新潟日報には もっと詳しい記事が
でていると思います)
江戸時代の人形浄瑠璃「越後国・柏崎 弘知法印御伝記」
が7日、新潟県柏崎市の産業文化会館で「越後猿八座」に
よって上演された。
日本には残っていなかった原本が1963年に大英博物館で
発見された。日本文学研究者のドナルド・キーン氏に
上演を勧められ、新潟県出身の三味線弾き上原誠己さん
(58)が作曲を手掛けた。一座のほとんどが舞台経験の
ない新潟市民で、人形や小道具もすべて手作り。
御伝記は、同県長岡市寺泊の西生寺に日本最古の
即身仏として安置されている実在の高僧弘知法印の
一代記。
★ブログ管理人の蛇足:
三味線の上原誠己さんは おそらく 文楽に
おられた方なのでしょう。写真が記事についていたら
芸名を思い出せるのに。
新潟と言うと 浅造さん??
(地元の新潟日報には もっと詳しい記事が
でていると思います)
江戸時代の人形浄瑠璃「越後国・柏崎 弘知法印御伝記」
が7日、新潟県柏崎市の産業文化会館で「越後猿八座」に
よって上演された。
日本には残っていなかった原本が1963年に大英博物館で
発見された。日本文学研究者のドナルド・キーン氏に
上演を勧められ、新潟県出身の三味線弾き上原誠己さん
(58)が作曲を手掛けた。一座のほとんどが舞台経験の
ない新潟市民で、人形や小道具もすべて手作り。
御伝記は、同県長岡市寺泊の西生寺に日本最古の
即身仏として安置されている実在の高僧弘知法印の
一代記。
★ブログ管理人の蛇足:
三味線の上原誠己さんは おそらく 文楽に
おられた方なのでしょう。写真が記事についていたら
芸名を思い出せるのに。
新潟と言うと 浅造さん??
Posted by jtw at 19:45│Comments(2)
この記事へのコメント
そうです、私が鶴澤淺造なのですが、本名を上原誠己と言います。
体調を壊して1997年に文楽を辞めましたが、かなり回復して新潟で古浄瑠璃に取り組んでいます。
どうぞ宜しくお願い致します。
偶然にこのブログを発見したので、書き込ませて頂きました。
有難うございました。
体調を壊して1997年に文楽を辞めましたが、かなり回復して新潟で古浄瑠璃に取り組んでいます。
どうぞ宜しくお願い致します。
偶然にこのブログを発見したので、書き込ませて頂きました。
有難うございました。
Posted by 鶴澤 淺造 at 2009年07月19日 02:29
浅造さん、お懐かしうございます。
お元気になられまして ご同慶の至りに存じます。
緑大夫さん お亡くなりになりまして もう十年に
なるのでしょうか。緑さんの追悼の御本を ハンガリー
からの留学生が 欲しいというので 差し上げて
その後 文楽劇場で 売っていないようです。
ご自愛 ご活躍をお祈り申し上げます。
お元気になられまして ご同慶の至りに存じます。
緑大夫さん お亡くなりになりまして もう十年に
なるのでしょうか。緑さんの追悼の御本を ハンガリー
からの留学生が 欲しいというので 差し上げて
その後 文楽劇場で 売っていないようです。
ご自愛 ご活躍をお祈り申し上げます。
Posted by jtw
at 2009年07月19日 07:42

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