2012年08月31日

スラヴィク先生(元ウィーン大学日本学教授)の回想・町田幸彦

月刊「未来」2012年9月1日、9月号 p.6~9
元ウィーン大学 日本語学部教授 アレクサンダー・スラヴィク先生
(1900~1997年)は当時のハプスブルク帝国領だったブドワイス市
(現チェコ)に生まれた。軍中尉の父親が集めた日露戦争関係の文献を 
スラヴィク少年は 貪り読み、日本語を独習し始めた。
1920年、一家はウィーンに移住した。そこで ウィーン大学に留学して
いた日本人と知り合った。たとえば 歴史家の上原専禄、医学者
斎藤茂吉などだった。
(A.スラヴィク「日本文化の古層」住谷一彦、クライナー・ヨーゼフ訳、未来社、1984年)
もうひとり 留学していた 民族学者 岡正雄は スラヴィク先生に助言し、
その助言に従い 先生は 民族学を研究した。
戦時中、先生は ベルリンのドイツ軍本部で 日本の暗号解読作業班に
従事させられた。
1945年 ベルリンは陥落し、先生はオーストリーへ帰還した。しかし 
日本の暗号解読に従事した経歴のために 被害者が加害者扱いされた
ようなもので 複雑な状況に巻き込まれた。数年経って 先生は ウィーン
大学に呼び戻され 日本学研究に専心していけるようになった。
先生は1957年、57歳にして初めて日本の地を踏んだ。北海道のアイヌ
居住地や 九州・島原半島の妻の母の古里を訪ねた。
妻のエリザベート森崎さんは 1991年に他界した。
(住谷一彦、「歴史学ノート」未来社、1996年。)
先生は 研究成果を5巻にまとめ 自費出版した。  


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2012年08月29日

パラリンピック・元銀メダリストの悲しみ(動画)

過去のパラリンピック 馬場馬術で 2回 銀メダルを受けた
Bianca Vogelは サリドマイド被害者である。両手が短いという
障碍をもつ。
今、彼女は痛みが酷くなり、馬に乗れなくなっている。馬に乗れなく
なり、この世が崩れ落ちたように思えた。そして 見放されたような 
気がしている。
ハイデルベルク大学 老年学研究所 Andreas Kruse教授も 動画で
意見を述べています(しかし 読めるだけで 聞き取りは ほとんど 
できないので 教授が何を 言うて おられるのか 分かりません。
どうも サリドマイドの薬害のために 80歳くらいの 体の状態に
なっていて 痛みも酷くなる ようです。)
下記サイトに 動画:
http://www.tagesschau.de/inland/behinderte-reiterin100.html
  


Posted by jtw at 13:13Comments(0)

2012年08月24日

イスラム教についての悪いイメージ

下記サイトから抜粋:
http://www.welt.de/vermischtes/article108716265/Fuer-Sex-gibt-s-bei-uns-Punkte.html

★ブログ管理人の意見:
当地にいる留学生を通してだけイスラム教を理解していると 厳格な規則を
守る宗教もあるものやと 言う感じです。
イスラム教徒のための肉でない 肉を焼いた網や 穢れた肉に触れたお箸は 
イスラム教徒は 使ってはならない。あるいは ほとんど日本語のできない
留学生のための 通訳をするのは 同性の人で なければ ならない。と言う
ようなことは 実際的でなく カネも手間も かかり、お手上げでした。
しかし 外国でイスラム教徒とつきあった人の話しでは それ程 厳格
ではないようです。
下記の記事を読んだ ところで イスラム教徒についての理解が 
深まるわけでも なかったですが 読みました。

◎絶食の一ヶ月ラマダンが終わり、世界中のイスラム教徒は今、祝っている。
イスラム教に改宗した Anja Hilscherは イスラム教のイメージに
ついて本を書いた。
イスラム教を 不寛容・暴力・女性抑圧に結びつける人は 多い。
全体の文脈から切り離されて 引用されたり、伝承の半分だけ引用され
たりするために イスラム教の本質がわからなくなっている。
イスラム教では 慈悲心が 神のもっとも大切な特性である。
罪のない市民を殺すことは イスラム教において正当化されないと 
専門知識をもつイスラム教学者なら 誰でも言うだろう。
ジハドは「聖戦」でなく、「努力」を意味する。「努力」とは神へ向かう途中の
努めであり、善行である。最大のジハドは 心の中の卑しさとの 
日常の闘いである。人間の弱さを知り、弱さについて 懸命の努力を
することである。
性欲については 結婚という枠の中では 良いことだ。
イスラム教圏からの移民の子どもは 親の出身国に帰りたがる。イスラム
教徒への敵意と無関心があるために 率直にイスラム教徒の言うことに 
耳を傾けない人がいる。こういう状態では くつろげない。だからイスラム圏へ
帰りたいのは 無理もない。
この本の読者として まず想定されたのは 心を開いた非イスラム教徒で
あり、次に 心を開いたイスラム教徒に読んでもらいたい、宗教を実践して
いないが 未知のことを学びたいと思っている人(文化としてイスラム教を
捉える人)にも読んでもらいたいと 考えて書かれた。

  


Posted by jtw at 18:17Comments(0)イスラム教

2012年08月11日

フラガール・モアナ(大森)梨江さん”福島のために踊り切る”

標題の記事が「文藝春秋」2012年9月号p.84~85に出ています。
ドイツのシュピーゲル誌に載った大森梨江さんの記事の抜粋を
このブログに2012年3月8日にカキコミました。
モアナさんは 福島県いわき市のスパリゾートハワイアンズ・ダンシング
チームの十四代リーダーです。フラガールは 総勢36人。

写真 by SACHI  


Posted by jtw at 08:11Comments(0)東日本大震災

2012年08月08日

文楽・千秋楽/曽根崎心中・切符完売

きのう 国立文楽劇場 夏の文楽 公演 千秋楽の夜の部、
曽根崎心中に 韓国・ベトナムの留学生と一緒に 行ってきました。
昨日 正午ころには 切符が10枚以上 残っていたのに
開演 2時間まえに 補助席も売り切れた ということです。
東京での 文楽公演は たいてい切符が売り切れると言う話
ですが 大阪での 文楽 公演は この40年近く 貸切の時は 
別にして 当日 劇場へ行って売り切れで 入れないと いう
ことは なかったです。
文楽に とって めでたいこと でした。
大阪で 文楽の切符が 売り切れるようになるとは ガラ空きの 
朝日座の時代を 知っているので 夢のようです。長生きは 
するものだと 思いました。

留学生ともう一人(日本人)の切符は 予約していたので
良かったですが 私は いつもの ように 当日 買うつもり
だったので 入れませんでした。私と同じような方が 窓口で
なんとか あと一人 いれて くれ~と頼んでいました。目立たない
ように「通路に しゃがんでいたら 入っていい」とは 言えない
らしくて そのオバサンも ついに 入れず、昔の文楽が
どれほど 良かったかと 私と共に 口説きたて 口説きたて 
一時間ほど 劇場のベンチで 過ごしました。
  


Posted by jtw at 08:20Comments(0)文楽

2012年08月03日

文楽・橋下大阪市長への反論

赤川次郎、”吉田秀和さんの言葉”月刊「図書」2012年8月号 
32~34p.から抜粋:

「補助金がなければやっていけないものはなくなってもいい」と
いうのが主張のようだが、クラシック音楽も文楽も何百年の
歴史を持っている。今、もてはやされているAKB48にいくら客が
入っても、何百年もの間に、ベートーヴェンや近松を愛した客に
比べれば、わずかなものである。
一国の文化の水準は「長く愛され続けるもの」をどれだけ大切に
するかで決まるのだ。
イタリアにはオペラが、フランスにはコメディ・フーフンセーズの演劇が、
イギリスにはシェークスピアがある。
そして大阪には文楽という「宝物」があるのだ。大阪に生まれ、
大阪で育った文楽を大阪が潰すとしたら、文化国家日本などと
胸を張ってはいられない。
大阪がお笑いタレントだけの町になってもいいのか。

★管理人の蛇足:
大阪の落語家さんの多くは 若い頃に浄瑠璃の稽古をしてもらっています。
40年近く前に 津大夫さんを聞いたのが 初めで、生命ながらえ、 
お陰様で 津大夫さんの お弟子さんの津駒大夫さん・津国大夫さんを
楽しみにしています。
英大夫さんには 留学生を案内していただき、祖父の取引先が昭和の
初めに使った見台を形見分けに引き取っていただき 舞台で時々 
使っていただいて 忝いです。英さんが 若大夫さんを襲名される
まで 私の寿命も持ちそうな気配がしまして これも有り難いです。
英さんのお弟子さんに 希大夫さんと亘大夫さんが おられまして 
ご両人の芸も楽しみです。
「長く愛され続けるもの」は このように 代々 つづくもののようです。
AKB48の お弟子さん方が 40年後に おられるのか どうか。
  


Posted by jtw at 21:45Comments(0)文楽

2012年08月02日

”Let It Be”の意味

デラシネ備忘録31 町田幸彦。月刊「未来」2012年8月号p.6~9.
から抜粋:
ビートルズの「レット・イット・ピー」(Let It Be)について 英国出身の
日本文学翻訳家アラン・ターニー(元清泉女子大教授、2006年死去)は
あるラジオ番組でこう説明した。
「レット・イット・ビーとはアーメンという意味なんです」
キリスト教で祈祷の終わりなどに唱えるアーメンは、「かくあらせたまえ」
という意味のヘブライ語で、”So be it"と英訳される。含意として
「神の御意にしたがい」が入る。この英訳を やわらかく口語的に表現
すれば、”Let it be"になろう。多くの日本語訳にあるような「なるが
ままにしておく」という自由放任主義のスローガンではない。むしろ
確固たる意思表示である。「そのままで」と「かくあれかし」とでは まったく違う。

★蛇足:英和辞書をひいたら let は 願望を表し、「どうか...でありますように」。
  
タグ :外国語学習


Posted by jtw at 21:23Comments(0)