2008年12月31日

人気麻薬Spice「スパイス」は禁止に

ドイツ連邦麻薬委員のSabine Baetzingは 
スパイスは幻覚を引き起こし、ハッシシよりも強いという理由で、
その生産・販売・所持が 1月から禁止されると述べた。
スパイスは葉っぱをまぜたもの、や 喫煙するもの
として売られている。
スパイスには 大麻(ハッシシ)に似た物質が入って
いることが確認された。大麻と似た作用をもち、
その5倍の強さだ。幻覚を引き起こし、心臓・循環器系と
神経系にも影響を及ぼし、意識を失わせることもある。
吸う量によっては、依存症をおこす危険がある。
アメリカで開発された人造カンナビノイド JWH-018が
スパイスに含まれている。これは自然の大麻よりも
4倍強く、陶酔感を引き起こす。
「スパイス」は小袋にいれ、20-30ユーロで売られている。
下記サイトに オンライン麻薬百科事典や動画もあり:
http://www.heute.de/ZDFheute/inhalt/12/0,3672,7497932,00.html

★ 以下に貼り付けたのは このブログの2008年9月21日のカキコミです:

Cannnabis: カンナビス。大麻という植物。栽培するもの。
ハシッシュとマリフアナの元
カンナビスの最も重要な作用成分はTHC(テトラヒドロカンナビノル)
である。これは花の樹脂に集中している。
花の樹脂はハシッシュとして吸われる。樹脂は約400の物質
からなり、そのうちの80の物質が精神に作用を及ぼす。
マリフアナは 乾燥した葉、花、小枝を混ぜたもので、
普通はパイプで吸ったり、煙草の形で吸われる。これを
Joint とか Tuete と呼ぶ。

カンナビスとその製品は ドイツで不法の麻薬であり、その
所有、栽培、売買は罰せられる。これを しばしば吸うと
依存症になる。

カンナビス製品は 昔 中国で手術の時に麻酔として
使われた。
カンナビスはアルコールと同じように 安全運転を妨げる。
幻覚、体の冷え、手足の重い感じを引き起こす ことがある。
多量に吸うと 見当識障碍、不安、声の揺らぎを引き起こす。
(「声の揺らぎ」というのは 分からない)
カンナビスは 今日の知識では 依存を起こすのでなく、
入門的麻薬(弱い麻薬)とみなされている。
http://www.heute.de/ZDFheute/inhalt/28/0,3672,7380700,00.html



  


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2008年12月31日

白熊クヌートの飼育係の遺品・ネットオークションに

ベルリン動物園の飼育係だったThomas Doerfleinさん
の息子David(18歳)は 父親の思い出の品を 
Ebayオークションに競売にだしている。競売の
締め切りは土曜の17時。
Ebayオークションには 真似する人もでて、トーマスさんの
遺品と称される物や サインも売りにだされている。
葬式の費用も要ったことだし 仕方ないというコメント
もあるし、有名だった親を利用するなと言う
非難の意見もある。
競売にでた品物の写真と値段は下記サイトに:
http://www.bild.de/BILD/berlin/aktuell/2008/12/31/doerflein-versteigerung/fans-zoffen-sich-im-internet.html
  


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2008年12月30日

テルアビブはゲイのための世界の首都になれる

イスラエルは中東の同性愛者にとって島(安全地帯)
になっている。
イド(26歳)は宗教的な家庭に育ち、兵役にも就い
ているのに、ゲイの世界に入った。
テルアビブは女性同士のカップルも男同士が手をつないで
いるのも普通に見られる。しかし そこから100キロも
離れていない所では 若い同性愛者は不法の状態で
暮らしていて、しばしば殺される危険がある。
イドの両親ときょうだいは 2-3年前に彼がゲイだと
知った。最初、家族はそれを 受け入れにくかった。
しかし彼はゲイであることを隠すつもりはなかった。
イスラエルでは同性愛は合法で、イスラエル軍は同性愛に
偏見を持たない。
アメリカでは同性愛者は軍に入れない。
イスラエル軍ラジオ局は寛容で、ゲイのイスラエル ポップ
音楽のスターIvrin Liderも出演したことがある。彼は
アメリカのOUTという雑誌で 世界の100人の有名な
同性愛者の一人に選ばれた。

テルアビブの最大のゲイカフェはエビタという。
ピンクタイムズという雑誌を イスラエル最古のゲイ・レズ・
両性愛・性転換者の協会 Agudahが 毎月だしている。
AgudahはHIV陽性の人とその友達のためのカフェを
開き、市少年グループを指導し、無料カウンセリングを提供し、
健康についての啓発活動をし、1998年から
「クリストファ通りの日」(世界的な同性愛者の日)に
パレードを組織している。
この協会は超正統派ユダヤ人からは仇と見なされ
ている。HODというウェブサイトもある。HODは
ヘブライ語で「宗教的同性愛者」を意味する。
イスラエルは ガザ地区や ヨルダン川西岸から 同性愛
のパレスティナ人が 逃げてくる場所にもなっている。
ゲイなら ここへ来たらいいい。
下記サイトから:
http://blog.zeit.de/zuender-blog/2008/12/18/schwuler-jude-unterwegs-in-der-homo-szene-von-tel-aviv_350

★この記事が出て まもなく イスラエルはガザ地区を
攻撃し始めました。

   


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2008年12月29日

アメリカの貧困/食事提供サービス

「ホームレスと貧困の全国センター」によると 約350万人
のアメリカ人は路上で生活している。
アメリカで10人に1人が 9月に食事券の申請をした。
こういう事態は60年代にこの事業が始まってから
無いことだった。

「メリアムの台所」という隣人愛に基づく組織は 
ワシントンDCで温かい食事を提供している。月曜から
金曜まで 毎朝無料で朝食を無償で出している。
大半の食材は寄付されたもので、支援者が無償で
働いている。
Campbell(75歳)はスイスに生まれ、60年アメリカにいる。
彼は月に一度 教会の台所に立つ。メロンを切り、
サラダを作る。

ドーナツやケーキが寄付されても ジャンク食品
だから捨てる。若い人は毎日 ジャンクフードを食べて
いるのだから、せめて ここでは バランスの取れた
栄養のあるものを提供するというのが ここの方針だ。

全米に このような食事提供所が63000ある。
ミリアムの台所では 1500人が働いている。順番待ち
でボランティアをする。引越したり、止めたりする人が
あれば 次の人がボランティアに入る。
ミリアムの台所の年間予算は100万ドルで、
金・物・食品の寄付によって成り立っている。去年は
53000食を供給した。この会には 台所を手伝い
ながら、マニキュアや化粧をする係もいる。
Mr.Cはここに朝食を食べに来る常連で、仕事も
見つかった。まもなく もっと稼げるようになり
アパートを借りられる。彼は 天井から吊るす
モビールのように 吊るす絵を描いている。
彼はここに来ると 近所の人と一緒にいるような
気持ちになる。
下記サイトから:
http://www.dw-world.de/dw/article/0,,3880100,00.html

  


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2008年12月29日

「鳥の仏教」中沢新一著

新潮社。1400円。2008年刊。
チベット語から翻訳された仏典。ヒマラヤの鳥たちが
語る教え。
チベット人の仏教徒によって、大乗仏教を経典を模して
書かれた、インド原典のない「偽経典」とされる。
観音菩薩は カッコウに姿を変え 説法する。

1959年に中国はチベットに侵攻し、多くのチベット人は
祖国を脱出した。その多くはインドに亡命した。そこで
彼らは「鳥の仏教」と初めて出会う。亡命チベット人は 
自分たちの精神を育ててきた仏教文化の伝統が崩れて
いくことを、恐れていた。そこで 彼らには異国で
仏教文化による若い世代の教育を守り育てていく
ことが、重大な課題になった。
それで再発見されたのが「鳥の仏教」だった.
この本の中には、仏教思想のエッセンスがほぼ 
満遍なくもうらされており、しかもその思想を鳥たちが 
やさしく語りだしてみせる。

祖国脱出の翌年 1960年には 早くも ダージリン
のチベット学校の教師ラマ・ノルブの発願によって 
1903年の復刻版の再版が出版された。

この本のあとがきに メシアンという作曲家のことが
書かれています。「鳥は地上で最高の音楽家である」
と彼は語ったそうです。
Olivier Messiaenについて このブログで2008年12月7日
に偶然 かきました。何もしらないで、ただ欧州の鳥の声を 
ネットで聞けるという理由で メシアンについての記事の
抜粋をカキコミしたのですが、後で当地の音楽家が 
欧州では よく知られている大作曲家だと教えてくれました。
  


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2008年12月28日

ローレは25年間 車に住む。夫のいびきのため。

ハイルブロン市の近くの小村ヴァインドルフ(「ぶどう村」)
出身のローレおばあさん(78歳)は元 農業をしていた。
髪の毛は真っ白、穏やかな顔立ち。金縁のめがねを
かけた愛想のいい女性だ。
小さい家と3匹の猫を持ち、神を信じている。
月に400ユーロ(48000円)の年金で暮らす。
98年からはVW Passatの中に住む。
「25年前 よく眠れなかった。そのうえ夫はいつも
鼾をかいた。そんな時に霊感が授かった」ので 家の
前にとめた車の中で寝てみた。すぐに寝付けた。

ダッシュボードは調理台に
前の席はベッド
後ろの席は戸棚に
トランクは台所に、している。

昨日の夕食は コーヒー、胡桃3個、トマト1個(これは
庭で作った)、それに買ってきたサラミとエメンタールチーズ。

ローレさんは 身なりはきちんとしていたい。夜 庭で
雨水で体を洗う。(寒いでしょうね)
それからニベアクリームを塗って、車に入って寝る。
運転席に座り、懐中電灯で聖書を読み、聖歌を歌って、
咳止めの飴をなめる。そして寝入る。
夫は4年前に死んだ。しかし彼女は車内に留まった。

下記サイトに動画もあります。
http://www.bild.de/BILD/news/leserreporter/2008/12/23/oma/wohnt-seit-25-jahren-im-auto.html
  


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2008年12月27日

アルザス語の再生

欧州は少数派を保護している。言語の面でもそうだ。
フランスの中で ドイツに接する地域で話されるアルザス語
は思いがけない再生を迎えた。
この夏に フランスの国会は少数民族の言語の保護を
 憲法に取り上げた。これは勝利の一歩だった。

アルザスの人口の1/3、約15万人はアルザス語を話す。
これはフランケン語とアレマン語と 親戚関係にある言語だ。
しかし ストラスブールのような大都市でも 客と店員が
アルザス語で 話す店は少ない。
話す人の多くは 年配の人であり、若い人は好奇心
からアルザス語教室に来る。アルザス語はゲルマン語の
方言であり、フランス語とは親戚関係にないので 
若い人には 難しい。

中央政府は かつて 少数民族の分離独立を恐れた。
戦後、生徒は学校でアルザス語を話すことを禁止された。
第二次大戦の後、 多くの家庭では アルザス語を
子どもに伝えるのを止めた。アルザス語は ドイツ語に
似た響きがするからだった。

アルザス地域協会 副会長で 役所のアルザス語局
の局長でもあるJustin Vogelはスーツの襟に
ツバメのピンをつけている。アルザス語を話すという
シンボルである。
彼の役所はアルザス語の普及のために 金と
忍耐力を使っている。50以上のアルザス語教室を
開き、赤ちゃんが生まれるとアルザス語の資料を
送り、アルザス文化祭を開き、辞書を支援している。
アルザス語は アルザス人の根源に属していて、
その文化に属し、アルザス人の魂の一部でもある。
下記サイトから:
http://www.dw-world.de/dw/article/0,,3895696,00.html

  


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2008年12月26日

米国の国民的画家・トーマス キンケイド/クリスマスの絵も

Thomas Kinkadeの絵はアメリカの120万-150万の家庭
に飾られている。
彼は1958年にカリフォルニアに生まれ、「光の画家」と
呼ばれる 天才的画家で天才的商人。
芸術を知らない人々のために絵を描く。
蜂蜜をいっぱい入れた熱いミルクのように心地よく、
爪を切って(と言うか、指をつめて)しまった猫の
ように穏やかな絵である。

石の橋が山の小川に掛かり、道の向こうに農家が
ある。その窓には 灯りが灯っていて(蛍光灯では
ない)、煙突から煙が出ている。太陽は昇るか 
沈みかかっていて、絵に描いたような雲が太陽に
かかっている。屋根は茅葺。
庭で子どもが遊んでいる。ディズニーランドのように牧歌的。
(ひょっとしたら 寅さんが立ち寄る 日本の農家の 
ようなものの アメリカ版??)

彼は画廊チェーンを持ち 全米に680店ある。
最も安い絵は 4000部を 紙に印刷するが
「限定版」と言うから 買う方は安心する。
その上は 「布リトグラフ」というので2000-3000ドル。
そのまた上は 色々あり、最も高価なのは画家自らサインし、
何万ドルもする。
元の絵は 市場には出ない。複製を売る。
画家の毛や血液から取ったDNAを入れた液で
サインするのが 本物の証拠とされる。
ビデオでも売られている 彼の自伝的映画
Thomas Kinkade's Christmas cottage
にも 今の車やショッピングセンターは 出てこない。
古い車や古いものが 雰囲気をだしている。

下記サイトに出ている絵をクリックすると大きくなります。
絵の上の数字1.2.3を クリックすると別の絵に。
何万ドルもする絵を ただで 見られる(←貧乏性)
http://www.faz.net/s/RubBC09F7BF72A2405A96718ECBFB68FBFE/Doc~E92016FE0623C4E02B6A647524E6CF213~ATpl~Ecommon~Scontent.html




  


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2008年12月25日

交換留学組織AFSは実科学校の生徒に留学を勧める

中高生の交換留学組織AFSは 実科学校の生徒を 
今よりも多く外国へ送り出したい。
その事務局長 Mick Ptersmannとのインタビュー:

ドイツで1年に13000-15000人の青少年がこのプログラム
に参加する。その95%はギムナージウム(進学校)の
生徒だ。1年間 外国の学校に通う制度で、47ヶ国に
生徒をおくりだしている。1/3はアメリカに行く。

1920人の元AFS交換留学生について調査したところ、
比較対照群と比べ 知的感受性は顕著に高かった。
すなわち 外国に友人が多く、大学に入ってから
留学する機会も多く、国際的職業につくことも多い。
実科学校の生徒が交換留学で得る独立性、好奇心、
率直さは 際立っている。
実科学校の生徒の親のなかで 交換留学したこと
のある人は あまり居ない。

実科学校の生徒は AFSに関心がないと言うの
でなく、交換留学について知らないだけだろう。それに 
お金もかかる。1年で4500-8000ユーロ(54万円-96万円)
も要る。
それで3年前にベルリンの実科学校生徒15人に1年間の 
交換留学奨学金を提供した。これは 1950年代に
奨学金で外国へ行ったAFS元留学生がつくった
奨学金だ。

生徒はブラジル、ロシア、中国へも行っている。
留学前に言語を習う必要はない。
実科学校をでて 大学へいくつもりの生徒に
参加してもらいたい。
社会全体の知的能力が大切であり、教育の
公正さを促進したいので、実科学校の生徒に
AFSに参加してほしい。
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2008/52/C-AFS-Interview  


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2008年12月24日

ストレス解消法/中井久夫

月刊「みすず」2008年11月号
p.22-32 ”煙草との別れ、酒との別れ”から抜粋。

ストレスは言葉で定義しにくく、数字にも表せないが
だからといって 存在しないというわけではない。
ストレスのない感覚の方が まだしも言い表しやすい
だろう。それは「晴れ晴れとした感じ」である。また
「明日も今日のままでいいな」という思いである。

窮地に陥ったと思った場合への もっとも一般的な
助言の一つは「成り行きを見る、静観する」ことである。
人間に自然治癒力がるように、「事態」にもの自然
治癒力が しばしば ある。

ストレス解消法は、一日にハガキを一枚、気がね
しない友人に書くことである。今日 気づいた季節の
変化、過去の旅行の回想、何でもよい。
メールでなく、葉書というのがミソである。単純であり、
無際限に続けられ、電話のように侵入的でなく、
長さに自然の限界がある。一枚書き終えた時には 
肩凝りが消えている

著者は精神科医、神戸大学名誉教授。

★ブログ管理人の蛇足:
毎日ハガキを一人や二人の友人に送ったら 
受け取る方もしんどい だろうから、受けてくれる
友人が 相当の人数 居てくれないといけない。
これを実際にすることの できる人は 
幸運です。  


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2008年12月23日

間歇的持続/外山滋比古

十年、十五年と続けてきたのに句作から離れる人が 
ことに女性に目立つといわれる。
勉強家は休み怠ることをおそれ、絶え間なく仕事を
しなくてはいけないように考える。休みなき連続は
不毛に向いやすい。
間歇的持続が大きな力を生む。
学ビテ時ニ之ヲ習ウ亦説(ヨロコバ)シカラズヤである。
一事専念、不休の継続的活動は どこか非人間的で、
息がつまりそうである。だいいち不自然ではないか。
間歇的持続なら 二つ 三つのことを同時に進める
ことなど何でもない。
俳句にしても 不休不眠を心がけて疲れるのである。
休み休みの間歇的精進なら、十年やそこいらは 
夢のうちだ。

以上 月刊「みずず」2008年11月号の表紙の裏から
抜粋。

★ブログ管理人の蛇足:
ドイツ語の会が潰れる直前の2年くらいだったか、
たいへん熱心な会員がいた。
ドイツ語を読んで 毎週 逐語訳を書いてきて、
分からないところを説明してほしいと 言われた。
通信教育の添削のようなのを期待しておられた
ようで、会がつぶれるまで それは続いた。最後の
5年間は 赤字だったから 会員一人 減れば 
また赤字が増えるから 添削も仕方ないかと思って 
引き受けていた。
ドイツ語の一語一語を 日本語に置き換えるのは 
無意味だし、学習法としても 能率が悪いと思って 
そう伝えても 止まらなかった。おそらく 高校や
大学の偉い先生が そうしろと言ったのかも 
知れない。
良くない方法で 勉強を続けるのは 本人のためにも 
ならず、それに付き合う他人は疲れる。
と言うても 聞き入れないのだから 会がつぶれて 
彼にとっては良かった。まして、読むドイツ語が 
最後の半年は 「紙飛行機の折り方」で、絵を見たら 
分かるものを なんで 読まねばならんのか、なんで 
重箱の隅をつつくような質問をするのか 理解できなかった。
  


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2008年12月22日

佐野エンネ・日本に生きたドイツ女性

エンネさんは1933年(昭和8年)32歳の時に日本に来て
翌年日本人学者を結婚し、1995年に93歳で亡くなるまで
60年以上を日本で暮らした。
2008年にベルリンの日独センターで
「佐野エンネ、日本に生きたドイツ女性」という 
里帰り展が 開かれた。

日本に行ったのは京都のドイツ文化研究所のドイツ語
講師として働くためだった。
エンネさんが日本に向かったのは ナチの政権掌握
の直後だった。
混乱期のドイツから日本にきたエンネさんは
昭和8年当時の「古き良き日本」の調和に満ちた
生活に強い印象を受け、その好印象は時代が
変わっても 変わらなかったという。
第二次大戦中 岐阜県の田舎に疎開し、自給自足
の生活を始めた。村人にパンの焼き方を教え、
ドイツ料理の講習会を開いた。
戦後も岐阜に留まり、農業を営み、岐阜や愛知の
大学でドイツ語とドイツ人の考え方を教え 
ドイツの雑誌に報告を送った。
詳しくは
佐野エンネ著「日本に住むと日本のくらし」樹心社。
長女の川端春枝著
「旅立つまでの旅、母がいたドイツ」御茶ノ水書房。

以上 永井潤子”舞踏会の手帖”、月刊「未来」
2008年12月号から抜粋。  


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2008年12月22日

解雇され絶望した人々・古里へ大移動@中国

出稼ぎ労働者は 長年 中国経済の奇跡を生み出す
原動力だったのに、今は 大都市の駅に群がり 
故郷への列車を待つ。職も 金も 将来の見通しも無く。

Liは上海の近くの金属工場で月収200ユーロで働いていた。
家族は地震の被災地 四川省にいる。工場は
12月9日に閉鎖された。景気のいい頃は1日12時間の
交代制で働いた。

Fuも上海の駅で列車を待っている。彼は建築現場
にいた。同僚の8割は故郷へ帰る。来年はもっと
景気が悪くなるだろうと思う。

中国政府によると、1千万人の出稼ぎ労働者が
失業した。これは 全ての出稼ぎ労働者の1割にすぎない。

雲南省のZhaotong市では 米と穀類の消費が
急激に増えた。市当局は 食料への需要が増えて
いるのを感じている。来春までに 更に20万人の
出稼ぎ労働者が戻ってくると 市では計算している。
出稼ぎ労働者の多くは 田畑の耕し方も知らない。
出稼ぎ労働者の子どもは15-16歳で、学校を出た
ばかりだ。地元の役場では 継続教育を行うよう
努力している。

40歳のWangは 四川省の家に長くは留まらない。
旧暦の正月のあとに また都会へ行く。3人子どもが
いて、十年患ってる母親もいる。だから 都会へ
出て稼ぐ責任がある。
下記サイトから:
http://www.tagesschau.de/wirtschaft/china542.html



  


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2008年12月21日

チベット、中国との対話中断の真相/ペマ・ギャルポ

表題の記事が 中央公論2009年1月号p.204-209
に出ています。
著者ペマ・ギャルポ先生は桐蔭横浜大学教授。
ダライラマ亡命政権初代アジア太平洋地区代表
などを経て現職。

2008年11月22日のチベット特別大会議について
会議の提案にいたる過程、その提案の意味に
ついて述べる。
「高度な自治」の実現を中国との対話によって
目指すという「中道路線」は 維持するものの、
現在の対話に対する中国側の態度には 不満
として、中国側の歩み寄りのない限り、特使の
派遣を中断する、という提案を採択した。

チベット人にとってチベットの領土とは「大チベット」を
意味する。チベット自治区に限定されず、四川省や
法王のお生まれになった青梅省をも含む。

オバマ政権が誕生したことで、チベットと中国との
政治的対決姿勢は弱まり、人権問題に関しては
さらなる支援が得られると 著者は考える。

会議では 調和を重んじる仏教文化に即した
決議文ができた。

★管理人の蛇足:
日本語の新聞に あまりチベットのことは 出てこない。
こういう記事を 読むことができて 有難かった。  


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2008年12月21日

ボランティア活動inドイツ/調査報告

社会をつなぎ合わせ、人が孤立しないようにする
活動について。
16歳以上の44000人を対象に調査した。
ドイツ人の3人に一人はボランティアをしている。
教育を受けた人、高所得の人、田舎の人は そうで
ない人よりも しばしばボランティアをする。

68歳のローズマリーは アマチュア女優として演劇グループに
入っていて 児童福祉施設で公演する。
ミヒャエル(33歳)は赤十字の救急隊で働き、休日に
サッカーのコ-チをして ソーセージとパンをもらう。
19歳のマリークレールは老人ホームへ数ヶ月通い、
一人の老人が亡くなるまで見舞った。
47歳のズィビュレは教会の評議員のメンバーで、
成人教育の世話をしている。

1年に46億時間がボランティア活動に使われ、1時間
7.5ユーロの謝礼が払われたとすれば、350億ユーロの
奉仕が行われたことになる。これは320万人の
専従職員の労働時間に匹敵する。
大半の活動はスポーツと余暇活動の分野でされている。
18歳以下の子どもをもつ人は しばしばボランティア活動を
する。ボランティアにとって最も大切な組織は 地域の
クラブだ(ドイツの学校には クラブ活動は無く、
地域で部活をする)。
平均して 一人一ヶ月に16.2時間をボラ活動に
使っている。教育程度が高い人ほど活動に熱心だ。
所得の多い人ほど社会参加の度合いも高い。
教会税(キリスト教会のために徴収される税)を多く
払う人ほど、無償で働く機会が多い。
地域によりボランティア人口が どのくらいかを示す
地図も下記サイトに出ている。
東部ドイツは貧しく、失業が多いので 無償の行為
によって 社会状況を変えるために 人ができることは 
少ない。そのうえ、旧東独では 社会参加が展開する
ことを 教会が極度に制限していた。その結果、市民
活動の伝統が育てられ、許されることは ほとんど 
なかった。

地域的な差 以外に 都市と田舎でも差がある。
町が小さければ 小さい程、社会参加の度合いは大きい。
一人暮らしの人が多くなると、ボランティアの数は少なく
なる。村や小さい町では 消防団や 謝肉祭(カーニバル)
協会による祭りが 人付き合いの大事な機会になっている。

ボラ活動は構造変化しつつある。以前は クラブ、協会、
政党、労働組合、教会の中で 長期にボラ活動をした。
新しい型のボラ活動は 目的のはっきりした活動を
好む。たとえば 校庭に果物の木を植える、エルベ
川岸のゴミを拾う、堤防をつくる工事をする など。

活動する動機として 挙げられる事項は 昔も今も
変わらない:
関心があるから/ 小さなことで社会を作っていきたい/
他の人と出会いたい/政治的の活動をしたい。

下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/,tt7m1/wirtschaft/718/451432/text/

 
  


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2008年12月20日

中国の人権活動家Hu Jia胡佳にサハロフ賞

12月17日にストラスブールの欧州議会は Hu Jia(35歳)
の精神の自由に対し サハロフ賞を贈った。
人権侵害に対して批判したことにより 「政治的破壊
活動を扇動した」として 彼は2007年12月28日に逮捕され
2008年3月に3年半の刑に処せられた。今 服役中。
彼は外国のメディアと話し、中国の人権の状態を公然と
非難した。エイズ患者のためにも尽力し、環境汚染
にも抗議した。2006年から非公式に自宅監禁の
状態だった。
彼の逮捕は 欧州議会にビデオで参加したことに
関連していると推測されている。
北京の人権研究者によると、この受賞は中国の
他の人権活動家にとって 大きな励ましになる。
ドイツのメルケル首相も Hu Jia受賞の報に接し、
ドイツ政府は人権活動家の釈放を求めて努力すると述べた。

下記サイトから:
このDWのサイトでは 単語を反転させ クリックすると 
語義がでます。語義もドイツ語で出るので 果て切りなく 
分からない単語で説明されるという悲劇も
ありますが 有難いサービスです。
http://www.dw-world.de/dw/article/0,,3883089,00.html

  


Posted by jtw at 15:24Comments(0)

2008年12月20日

リス(栗鼠)の水上スキー・動画

ビニルプールの中でリスが救命胴衣までつけて、
おもちゃの船に引かれてスキーします。
曲芸もできる。水に落ちても すぐに船によじ登る。
ドイツでなく、アメリカのようです。
動画は下記を見てください
http://www.spiegel.de/video/video-43803.html

貴志川線の駅長猫タマは「働く動物」として
フランスのテレビ局が取材に来るほどの 立派な
動物ですが、このリスも多くの観客を集め 人間を
養ってくれています。
人は タマやこのリスに敬意を払うべきです。

  


Posted by jtw at 09:04Comments(0)

2008年12月19日

タイ・プーケット島観光客激減/ホテル値引き・お得です

クリスマス休暇のこの時期に例年多くのドイツ人もタイへ
行くが、タイの政治的混乱のために11月末に空港が
閉鎖され、大きいホテルでも40%が空室、中小ホテル
で60%が空室だ。
タイ観光協会によると 12月から3月までの観光季節
に300万人がタイを避けるだろう。代わりにマレーシアや
バリ島に向かうと見られる。
収入の損失は22億ユーロにのぼるだろう。
プーケット島のホテル業者は1月中旬から格安サービスを
提供する。既に 1泊すれば もう1泊は無料と言う
ホテルや 朝食無料のホテルもある。
クリスマス中、例年は1泊105ユーロだが、今年は通常料金
30ユーロでクリスマスにも泊まれる。
プーケットは観光の島で、35万人の住民が1年に
450万人の観光客を迎える。その半分は欧州からで、
そのうち1割がドイツ人。
プーケットは4年前の津波の後で観光客が減ったが、
すぐに元に戻った。
今の為替相場とホテルの値引きを考えに入れると、
欧州の人々は 域内で休暇を過ごすよりも プーケット
へ来た方が安くつく。
常連客の多い 個人客の多いホテルは 12月に
値引きしないで、80-90%の稼働率を維持している。
客が激減しているのは、大きいホテルチェーンや 旅行
代理店のパッケージツアーの契約をしているホテルだ。
プーケットをよく知る人は「1日に10-20ユーロで、海水浴して、
マッサージしてもらって 過ごせる所は 他にない」
と言っている。
下記サイトから:
http://www.n-tv.de/1069911.html  


Posted by jtw at 08:01Comments(0)

2008年12月18日

「名誉の殺人」裁判inハンブルク(昨日の続き)

この犯罪はドイツ全土を驚愕させ、移民がドイツ社会に
融合することについての議論を引き起こした。
被害者の家族は1990年代に故国アフガニスタンの内戦を
逃れ ハンブルクに来た。
この家族の他の人も被害者に重圧をかけ、虐待した。
少女は殺される前に何度も 青少年保護所に逃げ込み、
そのたびに すぐまた家族のもと戻った。このために 
警察、学校、役所は 彼女が死んだ後に、厳しい批判に
曝された。
ハンブルク市政府は この事件の後 まもなく 同様の
事件を防ぐために一括措置法を公布した。
下記サイトから:
http://www1.ndr.de/nachrichten/hamburg/morsal112.html  


Posted by jtw at 13:54Comments(0)

2008年12月17日

強制結婚と「名誉の殺人」イスラム教女性を守る活動inドイツ

16歳のMorselを殺した彼女の兄(弟)についての
「名誉の殺人」事件の裁判がハンブルクで始まった。
Morselは イスラム教の戒律を破り、おしゃれして
遊びまわったという罪で 刺し殺された。彼女が家から
離れる準備も 役所はしていたのに その直前の悲劇だった。
(このくらいの事で 殺されていては 和歌山の少女の
人口は激減する)
この事件は次の問いを投げかける:
どのようにして こういう事件を防げるか、そして 
このような犠牲になりそうな女性が 出口のないように
見える状況から 逃亡するのを 誰が手助けできるか?

殺されたMorselとは違い、ライラは決められた結婚は
嫌で外国語を話す秘書の試験を受けようとしたのに、
試験の直前に学校を辞めさせられ、兄から結婚する
ように刃物を首に突きつけられた。幸運にもライラは
ベルリンの Hatun und Canという組織に問い合わせ、
支援を受けた。この法人は強制結婚させられそうに
なったり、暴力の支配する結婚から女性が逃げる
のを助けている。
女性を家族から 少なくとも300キロ離れたところに
逃がすというのが原則になっている。
それでライラはシュトゥットガルトからベルリンへ逃げた。
ベルリンから女性を車で他所へ逃すこともある。電車
の駅やバスターミナルに 女性の親戚が監視している
ことが あるからだ。
ライラはベルリンに着いて Hatun und Canの職員と
出会い、青少年宿泊所にとりあえず滞在する。
それから 永続的な宿泊所を この組織は探して
くれる。普通のアパートか 法人のもつ保護宿舎に
入る。保護宿舎の方が 似た境遇の女性と知り合えて 
新人が 状況を理解するのには いい。そのうえ
家族からの脅威からも守られやすい。新しく健康保険
に入る手続きも法人は手伝う。多くの女性は家族の
保険に入っていて、そこから抜けて、個人で保険に
入らないといけない。
その後、女性が学校や職業訓練や仕事で 
しっかりと立てるように支援する。
職業の見通しが立つというのが 家族から離れて
生きていくうえで 決定的に大切だ。
毎日 2-3人の危険に曝された女性から問い合わせがある。
ハンブルクにも Lale と Iberaという二つの組織があり、
家族から離れたい女性が自由を獲得する手助けを
している。その職員Ogoecanは 強制結婚させられる
窮地にある女性と接触するのが どんなに大切かを
述べている。
しばしば学校の教師や ドイツ語教室や役所が 
そういう女性の存在に気づく。
多くの女性は ドイツの法律を知らないので 家族から
脅されるままになっている。このような家族は しばしば
戦乱の地域からドイツへ来た人々で、ドイツでは
歓迎されなていないという気持ちを持っている。国外
退去させられるという心配もあり、孤立感が強くなり、
家族の団結が強まる。結果として、女性にとって 
家族は危険な監獄になる。

2005年2月のトルコ系ドイツ女性 Hatun Sueruecue
が殺された事件は「名誉のための殺人」についての
議論をドイツ全土で引き起こした。
Terre des Femmesという人権組織(これ フランス語?)
によると、強制結婚や「名誉のための殺人」は宗教的
問題でなく、社会融合が うまくいかなかった結果を示す
事例に過ぎない。
下記サイトから:
http://www.stern.de/panorama/:Zwangsehe-Ehrenmord-Auf-Flucht-Familie/649231.html  


Posted by jtw at 15:02Comments(0)