2011年09月30日

福島原発事故がドイツで演劇に

劇作家 Elfriede Jelinek イェリネクは 人々を無力にした
福島原発大惨事を 脚本の主題に選んだ。この不気味な
作品は今 ケルンで初演されている。日本人の女優も出演。
下記サイトに動画 2分40秒:
http://www.tagesschau.de/kultur/jelinek100.html

写真 by SACHI(Photost.jp)  
タグ :原発事故


Posted by jtw at 15:33Comments(0)原発事故

2011年09月26日

「ヨーロッパの自然林」写真集

下記サイトから14枚が 無料で見られます。
http://www.stern.de/fotografie/bildband-europas-wilde-waelder-natur-pur-1714808.html
出所は Markus Mauthe , Thomas Henningsen
"Europas wilde Waelder"
2011年、Kneseback Verlag刊、192p.220の写真を収める。

写真1は フィンランドの森と狼。
写真のそれぞれに 説明が数行、ついています。
無料翻訳ソフトを使って 読んでみてください。写真が
素晴らしいので、文は だいたい分かれば いいです。

写真 by SACHI(Photost.jp)  


Posted by jtw at 19:30Comments(0)写真集

2011年09月20日

明治の「神童書家」発掘、和歌山出身の伊藤明瑞

日本経済新聞 2011年9月20日 文化欄から。抜粋:

「5歳で天皇の御前で書いた伊藤明瑞、自前で美術館」
竹林史博(たけばやし しはく 龍昌寺住職)

明瑞(1889~1948年)は 名声を求めず、子もいなかった
ため、ほとんど忘れ去られている。
竹林和尚さんは 住職を務める山口県の寺内に
美術館をつくるまでに至った。

明石市立図書館に尋ねると研究書が一冊だけあるという。
地元の郷土史家、河井省三さんが著したものだった。
その足で河井さん宅へ赴くと面会がかなった。

明瑞は 和歌山市の生まれ。父・重作は大阪で
旅館を営んでいた。

河井さんの手元には明瑞の作品のほか、手紙や記念品
など資料がたくさんあった。河井さんから 資料を後世に
伝えてほしいと頼まれ、ついに寺の中に展示場をつくり、
今年8月24日に開館した。

明瑞が幼少期を過ごした奈良・奥吉野の川上村へ赴き、
関係者を探して回った。

明瑞は朝鮮半島など各地を行脚して 揮毫していたので、
埋もれた作品はまだ あるはずだ。明石市の西林寺に
墓があるが、その生涯には 不明な点も多い。

写真 by SACHI(photost.jp)  


Posted by jtw at 18:01Comments(0)

2011年09月20日

女性むけの車ランシア・イプシロン(動画)

Lancia Ypsilonは 卵のような形の4人乗り小型車。
男が乗るには優雅すぎる。
値段は 12500ユーロから。
下記サイトに動画:
http://www.stern.de/auto/fahrberichte/lancia-ypsilon-im-sternde-test-schoener-gigolo-1725154.html

★ブログ管理人の蛇足:
以前は 薬物依存や性少数派についての記事などは 
別のブログにカキコミして、ついでに ここにも 貼り
つけていました(ダブルポストと言うそうです)けれど、
この会が 復活するとは 思えないので もうこのブログ
のアクセスを増やす努力をする必要もなくなり たまに 
こうして カキコミしています。

チェルノブイリ原発事故は 3月で25周年でした。その関係の
記事がドイツのメディアに 春には たくさん ありましたので 
初夏までは それを時々 カキコミしました。
チェルノブイリは 人口密度が低く、人の多い福島と比べ
られないですが。

写真 by SACHI(Photost.jp)

  


Posted by jtw at 09:16Comments(0)

2011年09月17日

サウンド パフォーマンス ワークショップ

音の風景を創る
というワークショップ。

2011年10月16日(日)和歌山市 ぶらくり丁の匠ギャラリーで。
受付13時、ワークショップ13.30~15.30.
対象:高校生以上なら誰でも。音楽の知識不要。音に
興味ある人。定員:20人。一般1000円、学生500円。
持参品:楽器以外のもので、身の回りにあるもの(台所・
風呂場・居間などにあるもので 出したい音の出るものを
一つ以上もってくる。
講師:西風満紀子 (作曲家、ピアニスト、音のパフォーマー。
愛知県立芸術大卒、ミルズカレッジ大学院を経て、ベルリン
芸術大学大学院修了。2006年 ベルリン芸術大学で
実験講座「風景を聴く」を担当。2007年ベルリン芸術賞、
若手奨励賞受賞。現在、ベルリン在住。

申込: メールは burakuri@burakuri.com
    電話 073-435-0560(11時~18時 月~金)

西風さんのウェブサイト:
http://www.makiko-nishikaze.de/

上記のイベントについて詳しいことは 下記
 匠ギャラリーさんのHPにでています
http://takumi.ikora.tv/




  


Posted by jtw at 09:41Comments(0)

2011年09月11日

福島の立ち入り禁止地域へ入った写真家 Max Hodges

アメリカ人写真家 マックス・ホッジスは今、東京に住んでいる。彼は 原発被災地を撮影するために 福島第一原発の近くの立ち入り禁止地域に入った。
以下は彼へのインタビュー:
立ち入り禁止地域がどうなっているかを 探検するのは 大切だと思った。人は退避し、牛は牛舎に残されていると聞いていた。
そういう地域に入った時に どこか おかしなところが あると思った。20キロメーターの長さの退避地域は どこも一様な風景だった。ただ、立入は違法なので 自衛隊の輸送隊に見つからないように 注意を払わなければならなかったから、五感を研ぎ澄ましていなければ ならず、神経を消耗させる滞在だった。

数日、危険地域に居たとしても 放射線を浴びる危険は さほど大きくないということは 聞いていた。もっと大きな心配は 逮捕されて、ビザについて問題が起きるかもしれないという ことだった。
撮影した写真の中に 日本人 小林さんの写真もある。撮影のために歩きまわっている うちに 彼に偶然 出会った。彼は 危険地域に住む 唯一の人だったと思う。彼は 私に食べ物や飲み物をくれて、シャワーを使わせてくれ、寝る場所を提供してくれた。
大震災の前に 彼は退避地域で 機械工として働いていた。震災後も 退避命令を無視して そこで 生きていた。

彼の住んでいたオダカ市は 原発から15キロしか 離れていないけれど、あまり放射線で汚染されていない。風向きの影響による。
小林さんは 2~3ヶ月たって 住んでいるのが 見つかって 強制的に立ち退きさせられるまでは 古里に居たいと思っていた。
彼は自分の畑でとれた野菜を食べていた。時々、妻と一人の友人が 必要なものを持って、無人の非常線まで来てくれた。

今、彼は小さいアパートに住んでいる。アパートは気に入らない。しかし それにも慣れてきたようだ。小林さんは ユーモアのある人で、こういう状況で生き延びるには ユーモアが最も大切な能力だろう。彼と知り合って三ヶ月になる。彼に起きた出来事や不運のこを聞きたいと思っている。
下記サイトから:
http://jetzt.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/529275/Zwischen-toten-Kuehen-und-Konvois
★ 日本にも「戦場の写真家」はいるそうですが、外国の戦争の写真の方が 市場価値が高いからか 国内の大惨事の地域に 立ち入る 戦場の写真家は あまり ないようです。
  
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Posted by jtw at 19:34Comments(0)原発事故

2011年09月07日

日本の祭礼と似たトランシルバニアの祭礼

奥西峻介、”夏至の夜~森の彼方に(一)”
月刊「図書」2011年9月号 p.20~24.
から抜粋:

歴史人類学者の岡正雄(「オーストリアの冬春の頃」1959年。
言叢社版『異人その他』所収)によって、ドナウ河畔の地に
日本の祭礼と酷似した行事が存在することを知ったのは
何歳の時だったか。少年時代からの拘泥(こだわり)で、
とうとうドナウ河を下り、トランシルバニアに向かった。

トランシルバニアと呼ばれる地域は時代によって広狭したが、
現在はルーマニアの中央部と西部である。
この地名はラテン語で「森sylviaの彼方trans‐の地」という
意味で、十二世紀にハンガリー王国の勢力下に入ったころに
登場する。ハンガリー王は神聖ローマ帝国の住民であった
ドイツ人(「ザクセン人」ないし「サシ人」と呼ばれる)や
セーケイ人(マジャル人の支族)を東の辺境に入植させ、
蛮夷に対抗させた。当時は、中部ヨーロッパの森林ももっと
深く広がっていたから、人々は森を越えて未知の異国へ
移住していったのである。
(おくにし しゅんすけ・比較民俗学) 
   


Posted by jtw at 19:15Comments(0)

2011年09月04日

中務哲郎 「人にはどれほどの土地がいるか」

月刊 図書 2011年9月号 p44~47
から抜粋。
原文は 買って読んでください。100円。

忘れがたい映画がある。セルゲイ・フジャーノフ監督の
『ざくろの色』(1971)は十八世紀アルメニアの詩人
サヤト・ノヴァの伝記ではないが、その生涯を枠組みに
借りて、永遠に生きる詩人の魂を魔法的な色と
イメージで描いた傑作である。

彩色写本の頁を繰る少年に書物への愛が芽生える。
字幕にサヤト・ノヴァの詩が流れる。

三つの神聖な目標がある。
ペンと文字と書物を愛することだ。
書物は大切に取り扱い大事に読め。
魂であり生命だからな。
書物がなかったら、
この世は無知の闇だったろう。
民衆の魂のために書物を読め。
読み書きは万人にはできない。
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Posted by jtw at 18:36Comments(0)外国語学習

2011年09月04日

インドの写真集

Andreas H. Bitesnich(1964年ウィーンに生まれる)の写真集
”India"から。
下記サイトの写真11枚。
写真の中には19世紀のではないかと 思わせるのも
あるが、すべて2006年以後に撮された。
各写真の下に1~3行の説明があります。
このくらいの長さの文なら 無料 自動翻訳サービス
でも 分かる日本語にしてくれそうに思えるので
試してください。
http://www.stern.de/fotografie/magisches-indien-mit-allen-sinnen-durch-den-subkontinent-1717357.html  
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Posted by jtw at 09:06Comments(0)

2011年09月02日

屋上の水耕栽培・家庭菜園@ベルリン

麦芽工場だった建物に水耕栽培による菜園が
作られた。屋上の大きいコンテナの中で 魚とトマト・
レタスの共生が始まっている。
Schrebergartenという企画。
下記サイトに動画:
http://www.stern.de/lifestyle/lebensart/schrebergarten-20-wenn-auf-dem-dach-fische-und-salat-wachsen-1707685.html


  


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