2008年08月31日

失業者が認知症者の世話をするinドイツ

2008年8月22日発:
介護ホームにいつ認知症者の世話をするのに 
介護助手が始めて来週にも投入されると 連邦健康省は
発表した。
法的健康保険連盟が決定した介護助手の教育の
ための質についての指針を 同省は認可する見込みだ。

介護助手は本を読み聞かせ、遊び相手になり、
演奏し、料理し、散歩や買い物や教会に連れて
いったりする。
このサービスに対し 介護保険は概算経費を支払う。
在宅の認知症患者は 7月から月に200ユーロ(32000円)を
ヘルパーに払う経費をして受け取る。

政府は約25万人の介護ホーム入所者について 
1万人の常勤職員が必要だと考えている。入所者は
36万人にも増える見込み。老人が増え そのうちの
認知症の人も増えるからだ。

介護助手に時間給は7.5ユーロ(1200円)以上になるだろう。
ドイツ全国で 63000人の老人介護士と介護助手が職を
求めている。
介護助手の職に応募する人は 面接に合格した後、
もし認知症者と接した経験がない場合は 5日間の
実習を受け、その後 さらに3段階の資格取得の
ための講習を受ける。これは 100時間の基礎講習、
2週間の実習、60時間の介護業務の教育から なる。
失業者が この講習を受ける場合は 国が経費を
負担する。そうでない人の場合は 介護ホーム
経営者が経費を負担する。
下記サイトから:
http://www.faz.net/s/Rub0E9EEF84AC1E4A389A8DC6C23161FE44/Doc~E4A4A8275366743CBBAB45C9CCE6A9EC8~ATpl~Ecommon~Scontent.html


  


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2008年08月31日

24年の地下牢監禁事件inオーストリー・その後

Josef Fritzlが娘Elisabethと子どもを24年監禁して
いたことは 4月27日に発覚した。それ以来 6人の
子どもは Amstetten市の州立病院で心理的治療を
受けていた。
Josefが 実の娘に産ませた子のうち6人が生き延び、
3人は地上でJosefとその妻が育て 3人は地下で
母(Josefの娘)と生きてきた。

地上で育った子ども3人は 事件まで ずっと学校へ
行っていた。その3人は また 学校へ戻りたいという
希望を持っている。しかし 学校の心配は 
メディアが子どもと学校にとって 重い負担に ならないか
という ものだ。もっとも 学校は子どもを受け入れる
準備はしているのだが。

42歳になるElisabethは 心理士による検査を
拒否している。このことは 24年の監禁と性的暴力
による傷が いかに深いかを 示すものだと、
検察官は受け止めている。
下記サイトから:
http://www.welt.de/vermischtes/article2373820/Drei-Kinder-Josef-Fritzls-wollen-wieder-zu-Schule.html  


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2008年08月30日

アフガニスタンは戦後7年たってもあまり変わらない

国際赤十字のカーブル駐在責任者 Franz Rauchensteinは
アフガニスタンの治安について語る:

北部は紛争の少ない地域だったが 緊張は高まっているし、
暗殺計画もある。駐留している国際部隊や警察、
援助組織の人も殺されている。

アフガニスタンで この2年 抗争は増えている。過去 
数ヶ月に突発的武力事件、爆弾による暗殺、歩兵に
よる紛争が多発している。
首都カーブルでも ここ数ヶ月に多くの暗殺計画があり、
暗殺するという脅しも多い。
暗殺計画は カーブルでは軍事標的のある地区で 
行われるので そういう地区を避ければ 比較的 
安全だとは言え、カーブルにも不安は広がっている。

国際赤十字委員会のような 西側の援助団体は 
国の組織とも 協力し、 多くの病院、医薬品、大きな
整形外科センターを持っている。食糧、衣服なども
提供している。
赤十字は タリバンと対話し、市民を攻撃しないように
彼らに要請している。
7年前の タリバン崩壊の後も 状況は良くなっていない。
莫大な援助も 大きい効果をあげていない。たとえば 
電気や水道を使える人は少ない。
国際社会が アフガニスタン国民に した約束は 守られなかった。 
下記サイトから:
http://www.dw-world.de/dw/article/0,2144,3597632,00.html
  


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2008年08月30日

Lampedusa島(イタリア)1200人の難民が上陸

2008年8月1日発:
ランペドゥサ島はシシリーの南にあり、アフリカからの
難民の目境地。
沿岸警備隊と海軍は1200人をある日 1日だけで
ランペドゥサの港へ運び込んだ。
島に着く前に溺れ死にする人も多い。
島の収容施設は400人用なのに 今1700人が
入っている。市長はバチカンとイタリア政府に援助を求めた。
イタリア軍は 貨物輸送機で500人を本土へ運ぶ計画だ。
定期船でシシリーへ運ばれる難民もいる。
島は小さく、もともと観光地で、多くの難民のための
水もないし、病院も足りない。
難民収容所を 新しく建てることに 誰も反対しないが、
自分の町には 建てないでくれと 言う。
生ゴミ処理場は建てるべきだが、近所に建てるのは 
止めてくれというのと同じ。
2008年の上半期だけで 約11000人のボートピープルが
イタリアへ来た。去年の上半期と比べ、ほとんど倍になった。
下記サイトから:
http://www.tagesschau.de/ausland/fluechtlinge106.html
  


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2008年08月29日

アフガニスタンの子をドイツで手術するドイツの組織(下)

ヒンドゥークシュ地方に多くの病気の子や重傷を負った子
がいる。すべての子を助けられるわけではない。
秋にドイツへ連れて来る子どもを 医師は既に選んでいる。
その多くは重症なので 早く連れて来たい。

もちろん このプロジェクトを非難する人もいる。
退職処分になった前の理事長が 持っていた二つの
博士号は偽だった。
将来は 社会教育学を専攻した人や青少年福祉局
とも密接な関係をもつべきだ。

火傷のために皮膚移植を受けたNesarは 石の家で
両親が迎えに来るのを待っている。両親はロバに乗り、
何日もかかって ここまで来る。

Mehrafzasの左足は 右足の半分の長さしかない。
赤ちゃんの頃に おそらく事故にあったのだろう。
ドイツで人工骨を入れる手術をした。お陰で 義足を
つけて 歩きやすくなったし、骨の増成を刺激する
ことになった。
以前は 階段を登るのに 手も使っていたが 今では 
義足で登れるし、自転車にも 乗れる。
下記サイトから:
http://www.stern.de/politik/panorama/:Hilfe-Kinder-Ich/626353.html
  


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2008年08月29日

ターシャ・テューダー自伝「思いとおりに歩めばいいのよ」

出版社:メディアファクトリー
訳者:食野雅子

長薗安浩による書評・中央公論 2008年9月号
 p244-246

アメリカの絵本作家。
種をまき、亜麻を育てて 紡ぎ 糸にして 染色して
布に織り それでシャツを縫った。
庭で採れた野菜や果物を料理し、電気は使わなかった。
  


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2008年08月28日

アフガニスタンの子をドイツで手術するドイツの組織(上)

2008年7月8日発:
アフガニスタンの医療は惨憺たるものだ。病人や大怪我を
した子にとって 状況は しばしば絶望的だ。
ドイツでの長期の治療を終わり、カーブルへ帰る子供たちに
Sternの記者は ついて行った。

Nesarは4歳、1年以上ドイツにいた。手術を受け 
ホストファミリーの下で養生していた。全身の皮膚の
ほとんどが火傷を負い ドイツで皮膚移植を受けた。
ハンブルクから帰国したのは2008年6月だった。

「子どもは私達を必要とする」という組織は 2001年
から 重傷を負った子や病気の子の医療と看護を提供
してきた。その費用は寄付による。怪我や病気で弱った
子どもは 直行のチャーター便で 運ばないといけない。
チャーター便の費用は11万ユーロ(1760万円)。
この組織は約500人の子どもを助けた。ドイツ全土の30
の専門病院が治療を提供する。
ホストファミリーの親は 難しい手術のあと昼も夜も 
子どものベッドの傍にいて、慰める。

Nesarは23人の他の子どもと一緒に帰国した。
子どもは3-17歳。みんな 数ヶ月前には 危機的
状態だった。
11歳の子は地雷で視力を失った。5歳の子はトラック
にひかれ、足が砕かれた。
心臓に重い障害があり、手術しなければ 生きられ
なかった子もいる。

6月末まで この組織の理事長だった Matthias Angresは 
カーブルで子供たちを出迎えた。

この組織はカーブルに 石造りの家を持っている。
ドイツで治療し、ただ家族に引き渡すだけ というのは 
したくなかったと Angresは言う。ここは戦争と貧困と
文盲の国なのだ。子どもの将来を考えなければならない。
読み書き算盤を身につけてほしい。
そこで約60人の子が この石の家に住む。女の子も
いる。アフガニスタンでは20%の女性しか読み書きできない。
子に学校教育を受けさせるように 親を説得するのは
難しい。子どもの多くは生活のために大きい責任を
負っているから。
子どもは手術を受けたあとドイツで 遊んだり、友達と
会ったり、養育親と遠出したり していたけれど、
アフガニスタンでは そういうことは できない。
石の家の指導者Sadekは 子どもに左手で挨拶する。
右手は義手だ。彼も戦争犠牲者だ。この組織の
アフガニスタンでの窓口になってくれている彼は アフガニスタン
全土を回り、重傷を負った子の親と話し、ドイツで
手術を受ければ 生まれ変わった人生を送れると 
説得する。
彼は妻と10人ほどの職員とで、教師を選び、子どもの
世話をする。医師と看護婦は定期的に来てくれる。

7年前にタリバン政権は倒れ、多くの国がそれ以来 
この国により良い将来を贈ろうと苦心してきた。
治安は少なくともカーブルでは良くなった。しかし 
平和は 今後も当分 来ないだろう。
(続く)
下記サイトから:
http://www.stern.de/politik/panorama/:Hilfe-Kinder-Ich/626353.html  


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2008年08月27日

ムンバイ(インドの大都市)の野良犬50万匹

ムンバイ(旧名ボンベイ)では犬に餌をやると、
衛生通達違反で500ルピー(約9ユーロ)の罰金を払わなければ
ならない。
だから1世帯1頭の野良犬を引き取ろうという提案がされた。
近年 経済成長が著しく、生ゴミも増え、それを食べる
野良犬も増えている。
1800万人の人口を持つムンベイに 野良犬は50万匹いる
という人もいる。
狂犬病もインドでは 流行っている。

豪華なホテルの近くに 生ゴミが出されると、カラスが
飛んできて食べる。それから犬が来る。猫も来て、
その次に鶏が 野菜くずを食べにくる。鶏は太った
ネズミに追い払われる。残ったのはビニール袋だけに
なる。ゴミ掃除人はビニール袋を集める。
衛生的とは言えないが、こういうようにゴミ処理は
機能している。

国際空港に「野良犬警報」がしばしば出る。近くの
スラムから犬が空港に入りこむ。
犬のために 1時間半 空港が大混乱したこともある。
飛行機は離陸できないし、上空では12機が旋回し、
着陸を待った。その間 犬と人間が鬼ごっこをしていた。
麻酔銃を買っておいた方が 安くついただろう。

そこで 市と動物愛護者は 公聴会を開き、裁判官は 
1世帯 1頭の犬を引き取ることを提案した。年間 
飼育費は9ユーロくらいで、家庭は番犬を手に入れ、
市は面倒なことを 片付けられるなら 安いではないか。

この記事の筆者の近くでも 乞食をして生きている
白髪の老人が 毎朝8時に野良犬に餌をやる。
一緒に路上で暮らす犬に 心を分け与える 
この乞食さんも そのために罰金を払わなければ
ならないのだろうか。
下記サイトから:
http://www.stern.de/politik/ausland/:Mail-Mumbai-Freies-Fressen-Hunde%21/635494.html





  


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2008年08月26日

東ドイツは欧州の他の地域と比べ「人口統計学的に危機的地域」

ベルリンの人口・開発研究所のReiner Klingholzによると
東独は低成長・高齢化・将来 親になる世代の少ないこと 
などの点で 目だっている。
欧州のどの地域でも 東独ほど、多くの若い女性が
離れて行った地域はない。
東西ドイツ統一のあと 170万人以上が東独を去り西独へ
向かった。
今も毎年 5万人が東独を去る。

チェコ・スロベニア・ハンガリーの首都圏は 東独よりも 
将来の機会は 明るい。

1(良い)~6(最悪)の尺度で 東独のザクセンアンハルト州は
ドイツで ビリで、欧州全体の285地域のうちの 
241位になる。同州のデッサウ市は 「人口統計学的に
衰退している」。
285の地域は 27のEU加盟国と非EUのアイスランド・
ノルウェー・スイスにある地域。

東独の傾向(高齢化・出生率の低さ)は ヨーロッパの
多くの地域に当てはまる。
EUの人口は2050年までに 5200万人減り、
4億4700万人になると推測される。
これに反して アイスランド・アイルランド・キプロスは 
人口構成が若く、人口が増えている。
フランス・ノルウエー・アイルランド・英国も出生率が高い。
フランスの人口は2000年にドイツよりも 2300万人
少なかったが、2050年までに 欧州で最も人口の
多い国になるという予測がある。
下記サイトから:
http://www.tagesschau.de/inland/demografie100.html


  


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2008年08月26日

チベット系ドイツ人チベット運動家・五輪直後に釈放

オリンピック競技場の近くでチベットについて抗議した
という理由で チベット系ドイツ人 
Florian Norbu Gyanatshangは逮捕されたが、
追放され ドイツに戻った。彼の父はチベット人、母は
ドイツ人。30歳。ソフトウェア開発の仕事をしている。
ボーデン湖郡で育った。欧州チベット青年連盟のドイツ部長。
連盟は チベットを中国人が支配することに抗議している。

彼は競技場の前で 3人のデモ参加者と一緒に 
チベットの旗を取り出したところ、10人の男が拳で
顔を殴りつけた。意識を失いそうな状態で バスに
引きずり込まれた。
公衆の秩序を乱したという理由で 裁判無しに 
有罪の判決を受けた。
逮捕の後 16時間 尋問された。刑務所に
入れられ、眠ることも許されなかった。
五輪終了 直後に 彼は釈放され、ドイツへ追放
された。彼と同じ抗議行動をした 41歳のイギリス女性と 
8人のアメリカ人も 逮捕されていたが、アメリカが
中国政府を厳しく批判し、即時釈放を求めたので 
一同は釈放された。
下記サイトから:
http://www.swr.de/nachrichten/bw/-/id=1622/nid=1622/did=3880394/boyvf2/index.html  


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2008年08月25日

ホモのカップルに祝福を与えた司教補佐・停職処分に

ドイツのLimburgの司教は 教区の司教補佐 
Peter Kollasを停職処分にした。
教会の公式の理由付けは:
ホモ同士の結婚を承認することに異議を申し立て
なければならない、というものだった。

カトリックの教えでは ホモ同士の結婚は認められない。
「レズとホモのドイツ連盟(LSVD)」は怒り、この決定の
取り消しを求めている。
司祭は 人間的心情を示したために罰せられるとは 
何ごとかと LSVDは言う。
このカップルは8月15日 金曜に結婚した。

このような処分だけでなく、小児愛の司祭による虐待を
何十年も もみ消していることも 教会を傷つけていると 
緑の党は言う。
下記サイトから:
http://www.spiegel.de/panorama/0,1518,573282,00.html

★二人の知人 (女性)は ホモの男と 結婚し すぐ 
離婚しました。男は 結婚して 信用をつけようと思った
ようです。
一人は 結婚したら あいかたの男を同居させ、もう一人の
場合は 旦那が家に寄り付かなかった そうです。

騙される方も 悪いと言われるのですが、
騙す方は 鴨を 逃さないようにと 必死でやってる
のですから 騙されないのは 難しかったと思います。
せめて 披露宴は やめれば よかったのに、盛大に
宣伝するのも 結婚の目的らしく、参列者は 詐欺の
片棒を担いでいるようなものです。

他人を巻き添えにして 信用を つけよう などと 
考えないで、ホモ本人さんも ホモであると 公表した方が 
気が楽だと思います。
6月にある国際的ホモ・レズの日にパレードに参加したり、
ホモ同士で結婚したりする方が いいです。
  


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2008年08月25日

地下キリスト教会in中国

国家と宗教の関係は中国では 難しい。
国が認めた教会はあるが、中国の数百万のキリスト
教徒の大半は 非合法の「家庭教会」に属する。
憲法に 信教の自由は書かれている。しかし実際は 
国の管理に従う宗教的発言だけが許される。
中国に二つのキリスト教会がある。
一つはカトリック教会であり、ローマからまったく独立し、
司祭や司教は国が指名し、給料を払う。

Zhang Kaiは弁護士で、家庭教会に所属する。彼は
有名な事件を扱った。浙江省で警察がある家庭教会を
取り壊したという事件だ。

全ての信者は 教会に入るにあたって、個人データを
届け出よと警察は要求する。こういう脅しにも 
かかわらず、信者は屈しない。教会の信者の数は
増えている。
下記サイトから:
http://www.dw-world.de/dw/article/0,2144,3580963,00.html  


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2008年08月24日

ワシントンD.Cの元非行少年の組織「平和依存症者」

アメリカの首都は全国一の犯罪率を持つ。
ホワイトハウスから ほんの数分 離れた所で 青少年は
路上で麻薬を売買し、盗み、殺しをしている。

Ronは4回 刑務所に入った。麻薬を吸い、盗みをし、
これ以上 やると おしまいと 思って Peacoholic
(平和依存症者)という組織を作った。若い黒人の男女が 
危険な首都の路上で 子どもに 将来の見通しを
与えるという組織だ。
弟は殺され、親友も殺されていた。刑務所の中で勉強し、
遅れたけれど 学校は卒業した。今までとは 違ったことを 
したかった。

Trinidadという地区では 数週間の間に7件の殺人があった。

Ronと仲間は 市民・青少年・警察官・「平和依存症者」を
まとめる ために 路上で祭りを開いた。

Endyaは24歳の女性。首都で育ち、暴力をふるい、
同年輩の人が 死ぬのを 見てきた。
「平和依存症者」のほとんどは 高い犯罪率の地区
出身である。
Edyaのような 「平和依存症者」のしていることは 
単純なことだ:
対立は 暴力なしに 解決できるということを 青少年に
説明する。学校で青少年を助ける。崩壊した家庭で
青少年を助ける。

Mandinaも 路上で けんかして、欲求不満を発散して
いた。そんな時に 「平和依存症者」に会った。彼らは 
けんかの 仲裁を始めた。Mandinaに 仲裁の仕方を
教えてくれた。Mandinaは 学校で けんか ばかり 
するので、見放されていたのに、彼らは 学校でも 
助けてくれた。
その後 彼らは Mandinaがカレッジに行くのを助けた。
彼女は19歳になっていた。19年のうちの16年を 
暴力的な環境で過ごした。しかし やっと 見通しがたった。
下記サイトから:
http://www.tagesschau.de/ausland/usa112.html
  


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2008年08月23日

困難を抱える青少年が元強制収用所で合宿・労働する@ドイツ

挫折した子どもがドイツから毎夏 元強制収用所で
働く。そこで敬意を持つことや 自分の短所と向き
合うことを学ぶ。
Theresienstadtは今はチェコになった場所にある。
当時ゲットーであり、ナチ秘密警察の監獄だった。
そこへ子どもが来て、木を切り ファシズムについて学ぶ。
子どもは20歳までで、様々な理由により 家庭で育つ
ことができなかったり、精神的問題があったり、
依存症であったりする 子どもだ。
3週間 無料で食べ、働く。
Theresienstadtの砦は1940-1945年の間 強制
収用所だった。青少年はそこで 合宿する。
参加者のうちの2人は ここで働く期間が刑期に
参入される。
労働できない子どもも 居る。欝だったり、別の
病気で薬を飲んでいる子は働けない。

ケースワーカーのJuergenは言う:「子どもは他人に対して
謙虚にすることを学ぶために ここに来る」。
子どもは 誰からも 何かの能力があると 思われ
なかったという経験をしてきた。彼らの攻撃的態度が
不幸を招くことになった、自分の短所を他人に見せる
ことができるには、自分が強くならなければ ならない。
そのために必要な信頼感を、共に過ごす長い時間の
あいだに、長い厳しい労働を通して培う。

青少年は 森を一つ伐採し終わり、肉とアルコール無し
のビールの夕食を食べる。
こういう共同生活をすることになったのも、自分の
責任であるということが理解できるようになる。
下記サイトから:
http://zuender.zeit.de/2008/34/theresienstadt-jugendliche

★これを読んで 日本の非行少年にも 色んな支援が
あれば良いのにと思いました。
   


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2008年08月22日

都市の中心部 再開発に地方自治体同士の協力を@ドイツ

世帯が高齢化し、遅くとも2020年には 世帯数が
減り始めるので、住居への需要が変わり、都市
近郊から 都市中心部へ引越したくない老人が増える。

ドイツ銀行の不動産研究所長 Tobias Justは 
そういう前提から論じる。
都心での生活は 肉体的・知的に動くことができ、
金もあり 引越しできる人にとってだけ 関心のあることだ。

再都市化は できるだけ大都市に住もうと言うのでなく、
都市的環境に住むということだ。
ドイツに巨大都市はなく、大都市・中都市・小都市
から成る広い網組織があると言う 有利な条件がある。
網組織を作るためには 地方自治体 同士の協力が
必須になる。
「Urbanistikのための研究所」(Difu)は この秋に
「都市政治と都心での新しい住み方」という調査を出版する。
都心でも 隣近所の関係の網が重要だ。
利用されていない土地を 地方自治体の側から
開発することに よって 都心に利用可能な土地を
生み出せる。
下記サイトから:
http://www.faz.net/s/Rub5C3A58B4511B49148E54275F4B025915/Doc~EA1A2D2BAD20C4B42AB33CCCE6F7F2884~ATpl~Ecommon~Scontent.html


  


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2008年08月21日

障害者への性的アシスタント@ベルリン

オランダ人女性 Nina de Vriesはベルリンで性的
マッサージを提供している。彼女は男性客と裸で
入浴し、女性には バイブレーターはどう機能するか
を説明する。
客の背中に油を塗り、客の切断された足の 
切断面もマッサージする。

1994年にNinaは初めて 障碍をもつ男性のマッサージ
をした。今は 知的・肉体的障害をもつ人だけを 
相手に働いている。
酷い事故のために車椅子を使い、パートナーの
ない男性や バイブレーターの使い方を知らない
知的障碍の女性にサービスする。
多くの障碍者は性的欲求を満たされていない。
何重にも障害を受けた人や 自閉症患者は 
娼家へも行けない。
盲と聾の二重の障害をもつ人には どうしたら 
いいかなど、他にも 多くの問題がある。

1990年代の中頃 ベルリンの雑誌に障碍者を対象に
して広告を載せたら、脳性まひ・四肢まひ・筋ジストロフィー
の人がマッサージに来た。彼女は大きな需要が
あることに驚いた。
しばらくして、彼女は 障害者連盟にマッサージに
来てほしいと伝えた。問い合わせの手紙や電話が 
たくさん来た。
2000年に教育学を専攻したLother Sandfortと一緒に 
マッサージ業を発展させ、性的アシスタント業にした
営業指針は: 性交や口による接触はしない、マスターベーションは可。
欲求を満たすことが 最終目標なのでなく、障害をもつ
人に 官能的・性的経験をしてもらいたいと Ninaは思っている。

5年前に 32歳の自閉症に女性と知り合った。彼女は
精神科を退院したばかりだった。誰をも 近づけない
人だった。しかし 彼女にもマッサージは効いた。

Ninaは性的マッサージだけに仕事を限定しない。
障害者の性的欲求のために闘う先駆者である。
年に何度も 大きい集会で講演している。
2004年には 10人のスイス人を教育し、性的
アシスタントに育てた。

1時間70ユーロ(11200円)の代金は たいてい客の
家族が負担している。

「同情から この仕事をしていると思われたくない。
通常の社会的標準を超越して生きる人々の需要を
満たす仕事だと 思っている」とNinaは語る。
下記サイトから:
http://zuender.zeit.de/2008/34/sex-sexualitaet-behinderung-nina-de-vries-tantra

  


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2008年08月20日

モロッコの森に住む国境の難民

モロッコにあるスペイン領 飛び地 Melillaは
警備が厳しく アフリカの難民は 欧州への入り口
として利用できない。そこで 難民は国境地帯の森
に隠れ、ヨーロッパへ行く機会を待つ。
難民は夜 丘を超え アルジェリアからモロッコへ入る。
公式には14年前に 国境は閉鎖されている。非公式
には安いガソリン、医薬品、移住者がアルジェリアから
入ってくる。
Oujdaは 飛び地メリリャの南東にあるスペインの町で
国境にある。難民は夜 灯り、電線、電話線を 
道しるべに Oujdaへ向かう。
Hicham Barakaはモロッコの難民組織ABCDSの
会長で、サハラ以南からの難民の 面倒をみている。
Paulは 難民と援助組織の間に立つ人を 3年間 
つとめている。彼はコンゴのキンシャサで 生物学を
専攻していた。
2000人の難民がOujdaの森に住んでいる。去年の
3倍の人数になる。
難民は森の中に ビニールシートと木で 簡単な宿を作る。
常に 新しい難民が来る。

コンゴから3人の幼い子どもを連れて来た女性も居る。
中央アフリカ、ニジェールを経由してアルジェリアに
来た。モロッコとの国境で兵士が彼女を止め、強姦した。
援助者のHichamから 彼女は子どものために毛布を
もらった。彼女は しばらく 休んで スペイン、フランス、
イタリーへ行きたい。しかし 欧州への道は 困難で危険だ。
下記サイトから:
http://www.tagesschau.de/ausland/fluechtlinge122.html  


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2008年08月19日

若い女性の人身売買inインド

インド北東部の貧しい家庭の女性は 貧困と
不安定な政治のために 将来の見通しが たたない。
そのため いい職があると言われて 結局 売春を
強制され、隣の諸国に売られてゆく。
Roxannaは14歳の孤児で 北東部ダージリンの 
おばのもとで育った。幼い頃から 幸せとは縁が
無かった。おばは 実子を学校へやっていたのに、
彼女は働かされた。学校へ行きたかった。
12歳の時 おばの家を出た。国境警察の高官の
ところへ 行った。彼は 彼女を実子として扱い、
学校へも やってくれると約束した。しかし彼女を殴り、
性的に虐待し 奴隷として扱った。やっと6ヵ月後、
彼女は支援組織に救出された。

Ellaは今 20歳。12歳の時に ニューデリーから来た
男から 月給1500ルピーの家事手伝いの職があると 
誘われた。ニューデリーで売春させられた。警察の手入れが
あった時に救出されると思ったのに、そうでなくて 
娼家に戻された。やっと2001年にEllaはImpulseという 
支援組織のお陰で 普通の生活に戻れた。

Hasina KharbhihがImpulseを作った。被害者との
対応のほかに 行政・警察・公衆に 啓発活動を
することが 彼女の仕事である。
18歳以下の女性が 職業紹介という口実で 誘い
出され搾取されるという 現実を 人々は話し始めている。
北東部が 人身売買の源だという意識も広まっている。

ビルマ・バングラデッシュ・ネパールとの国境は 管理しにくい 
ため、インド北東部が隣国への 脱出口になっている。
そのうえ 最近は 飛行機で2時間でいけるタイへも 
女性が密輸され、観光地で働かせられている。

働く場ができ、発展の見通しがたてば、北東部の
貧しい家庭も 娘を売らなくて 済むのに、何十年も 
ただ月日が過ぎてゆくばかりだ。
下記サイトから:
http://www.tagesschau.de/ausland/frauenhandel100.html
  


Posted by jtw at 15:18Comments(0)

2008年08月19日

ドイツの女優・イスラエルへの愛を語る

Iris Berbenが なぜ エルサレムの脳研究者を支援
するかを語り、良心の呵責と倫理的罪について
インタビューに答える:
(下記URLの最初のページに 彼女の紹介が 出ています。
ドイツでは 誰でも 知っている有名な女優だそうです)

30年以上イスラエルのために尽力し、ホロコ-ストが
忘れられないように 朗読会を しばしば開いている。

ベルリンでAlexander Granachを読んだ。その会場に
多くのトルコの女性が来た。学校でユダヤ人の著作家
の文章が扱われることに 回教徒の親は抗議して
いるということを トルコの女性に聞いて初めて知った。
イスラエルについて 最初は 良心の呵責を感じていた。
今は愛情に変わった。

1967年 17歳の時 7日間戦争の後に 若い人の
間に旅立とうという雰囲気があった。理想郷として
のイスラエルがあった。

テルアビブにアパートを持っている。1年前に そこへ 
行っていた時、メルケル首相がヘブライ大学で 
名誉博士号を受けた。メルケルがイスラエルの生存権に
ついて 語ったことは 明晰だった。

エルサレムのヘブライ大学の脳研究者を支援する
基金を作った。脳を理解すれば 多くの問題を
解決できるかもしれない。
他には この大学の理念も 気に入っている。
理念は お互いに生きるという可能性を追究すること。
(和歌山弁で「お互い」は「ゴタガイ」と発音する。
「ゴタガイ やって いける かも しれんのぅ」と言う
可能性?)
ともかく キリスト教徒、ユダヤ教徒、回教徒、
パレスティナ人、イスラエル人、アラブ人が イスラエルに
居るのだから。
イスラエルは欧州に源をもつけれど、西洋の国では
ない。中東にある 島国だ。これは 想像しにくいことだ。
建国して まだ 60年、間違いを犯すことも多い。
それは 避けられない。

ZDFのために 「イスラエルと今」という映像を撮影した。
その映画についても 途方にくれた。しかし諦念
ではない。途方にくれた後に 意地・反抗心がうまれ、
意地の中に可能性がある。

政治家には なれないが、SPD(ドイツ社会民主党)を
支持している。

下記サイトから:
http://www.zeit.de/2008/34/berben-interview_aut

  


Posted by jtw at 14:52Comments(0)

2008年08月18日

挨拶のできる人「江戸の風格」連載・野口武彦

日本経済新聞 2008年8月17日 文化欄
から 抜粋:

若い人が挨拶をしなくなった。
挨拶をしないことで どのくらい損をしているか 
気がついていない。
きちんと挨拶が できるのは 武士の心得だと
「甲陽軍艦」はいっている。この甲州流兵法書は 
実地の戦場体験が 盛り込まれている。
仲が悪い相手だったら よけい用心して、相手と対等に
なって辞儀をするのが 「よき武士の作法なり」。
礼儀正しさは 相手に対する用心深さから発していた。
武士道の挨拶は 武士がたがいに相手と敵対関係
にないことを示し合う社会ルールであった。
  


Posted by jtw at 13:13Comments(0)