2011年09月20日
明治の「神童書家」発掘、和歌山出身の伊藤明瑞
日本経済新聞 2011年9月20日 文化欄から。抜粋:
「5歳で天皇の御前で書いた伊藤明瑞、自前で美術館」
竹林史博(たけばやし しはく 龍昌寺住職)
明瑞(1889~1948年)は 名声を求めず、子もいなかった
ため、ほとんど忘れ去られている。
竹林和尚さんは 住職を務める山口県の寺内に
美術館をつくるまでに至った。
明石市立図書館に尋ねると研究書が一冊だけあるという。
地元の郷土史家、河井省三さんが著したものだった。
その足で河井さん宅へ赴くと面会がかなった。
明瑞は 和歌山市の生まれ。父・重作は大阪で
旅館を営んでいた。
河井さんの手元には明瑞の作品のほか、手紙や記念品
など資料がたくさんあった。河井さんから 資料を後世に
伝えてほしいと頼まれ、ついに寺の中に展示場をつくり、
今年8月24日に開館した。
明瑞が幼少期を過ごした奈良・奥吉野の川上村へ赴き、
関係者を探して回った。
明瑞は朝鮮半島など各地を行脚して 揮毫していたので、
埋もれた作品はまだ あるはずだ。明石市の西林寺に
墓があるが、その生涯には 不明な点も多い。

写真 by SACHI(photost.jp)
「5歳で天皇の御前で書いた伊藤明瑞、自前で美術館」
竹林史博(たけばやし しはく 龍昌寺住職)
明瑞(1889~1948年)は 名声を求めず、子もいなかった
ため、ほとんど忘れ去られている。
竹林和尚さんは 住職を務める山口県の寺内に
美術館をつくるまでに至った。
明石市立図書館に尋ねると研究書が一冊だけあるという。
地元の郷土史家、河井省三さんが著したものだった。
その足で河井さん宅へ赴くと面会がかなった。
明瑞は 和歌山市の生まれ。父・重作は大阪で
旅館を営んでいた。
河井さんの手元には明瑞の作品のほか、手紙や記念品
など資料がたくさんあった。河井さんから 資料を後世に
伝えてほしいと頼まれ、ついに寺の中に展示場をつくり、
今年8月24日に開館した。
明瑞が幼少期を過ごした奈良・奥吉野の川上村へ赴き、
関係者を探して回った。
明瑞は朝鮮半島など各地を行脚して 揮毫していたので、
埋もれた作品はまだ あるはずだ。明石市の西林寺に
墓があるが、その生涯には 不明な点も多い。

写真 by SACHI(photost.jp)
Posted by jtw at 18:01│Comments(0)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。