2010年01月10日

村の新しい食料品店inドイツ

「エマおばさんの店」(昔風の店)復活。
村の小規模スーパー「ノーソン」ドイツ版。

アウグスブルクの南30キロにあるHurlach村は 
人口1650人しかないので、チェーン店はない。そこに
2年前に「村の店」ができた。数キロ離れた所に
スーパーはあるが、そこには地元でゼーレと呼ばれる
パンはない。
村の店は 1950年代にあっただけで、今は機能しない
と思われているが、年々新しい店が生まれている。
Hurlachの店は 市民協同組合が所有する。
バイエルン州だけでも約80の小さい店がある。新しい
木の香りとパンとコーヒーの匂いのする店だ。ホコリ
まみれの個人商店とは違い、ミニスーパーと屋台を
一緒にしたようなものだ。
フランケン地方の ある村長は まもなく廃業する 
村でたった一軒の店のことを話した。別の村長の言う
ことには、オーバーバイエルンのFuchstalで30年前に
店が廃業してから 老人の集まる場は墓地だけに
なった。問題は 買い物ができるか どうかでは
ない。店のない村に生活はなくなる。村長は死んだ
村の世話をしたくない。

そこで 村長は経営コンサルタント Wolfgang Groellの
セミナーに参加した。グレールは「村の店」を専門に
するドイツで唯一人のコンサルタントだ。
Harthausen村は人口870人、ミュンヘンの南にある。
4年前に肉屋が廃業し、ガムと煙草の自販機がある
だけだった。その村に80平方メーターの店ができた。
元の消防署の建物が店になった。
19世紀に村人は協同組合銀行を作った。職人や商人は
購入組合を作り、労働者は消費協同組合を作った。
協組運動は初期資本主義の厳しさへの対応だった。
今、村では協組が復活している。ドイツの協同組合法
は1868年にさかのぼる。
Harthausenの村の店も協組の所有だ。村人は一人200
ユーロを出資している。出資金は 棚、冷蔵室、機器、
食品の仕入れに当てられた。しかし 村人の無償の
労働なしに、村の店はできなかったろう。職人は
棚を作り、左官や画家も働いた。
村に店ができると 多くの高齢者が自立を取り戻した。
ハルトハウゼン村の店にも89歳の女性が店に来て、
何年ぶりかに買い物をした。
村の店では 昔 働いた主婦が半日 働き、月給400
ユーロになる。時給は約6ユーロで 最低賃金に
満たない。
Sibylleは 昔 ハルトハウゼン村に引越してきた時に 
肉屋で新しい友達ができた。ヨハンナは 家から遠く
ない所で 昔 修業した花屋として働けるのは 
楽しい。

アンドレアはGeltingの村の店の店長をしていて、
月給800ユーロ。昔 大学を働いて卒業した経験が
生きている。経済活動のもつ 社会的・文化的側面が
衰えていないと言うことが 協同組合活動を見ると 
分かる。

Hurtlachの村の店協同組合の 理事長は 59歳。
航空管制官だった。十分な年金があるから 自分の
収入を増やす必要はない。しかし この店は 経済
危機にも拘わらず 売り上げも利益も増えている。
理事長は大きいチェーン店にない自由を大事だと
思っている。たとえば 11月下旬にチョコケートの
聖ニコラウスを置いたりするのも楽しみだ。
下記サイトから:
http://www.faz.net/s/RubEC1ACFE1EE274C81BCD3621EF555C83C/Doc~E7670C76BD8214F5999B9F014EE9D1F82~ATpl~Ecommon~Scontent.html

  


Posted by jtw at 08:04Comments(0)