2011年05月21日

地獄・チェルノブイリの写真集

下記サイトに写真8枚:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/fotograf-igor-kostin-in-der-hoelle-1.1074333

2006年に写真集「チェルノブイリ接写」として出版
された写真、カメラマン Ignor Kostinの写真を中心に。

写真1. 事故処理作業の準備。原発の屋根の上で 
作業した人々のほとんど全員は 35歳から40歳代の 
予備役軍人だった。
鉛板いりの防護服は あまりにも多くの放射線を 
吸収したため 2~3回しか 使えなかった。
2. 幽霊町の観覧車。チェルノブイリの隣の町 
Pripyatには5万人弱の人が住んでいた。原発労働者の
ための町だった。その後、特にプルトニウムの汚染の
ため、人は住めない。プルトニウムの半減期は
24000年であり、24000年後にも 今の半分の
放射線をだす。
3. コスティンの写真のうち、これだけがカラーで 
他は白黒。この写真は 高い放射線のために 
粒子が荒くなっている。
4. 先天的欠陥が 動物と人に 多く現れたので 
ソ連政府は Schytomyr周辺の田舎の人々に 移住
するよう提案した。しかし この女性は 家に留まった。
5. 先天的障碍をもつ子ども。コスティンは1988年に 
白ロシアで この子に会った。ドイツのStern誌に載った 
この子の写真を見た 英国の夫婦が この子を養子と
して迎え入れ、手術し 治療を受けられるようにした。
6. この人は 古里を離れない。兵士が 村を無人
地区にするために 村に着いた時、彼は ウクライナ
の旗を掲げ、自宅の壁に 白墨で書いた:「同士で
ある 兵士たちへ! この家を壊さないように。
住んでいる人がいる」。
7. 特に 子どもは 凄まじい放射線を受けた場合に 
悪い障碍に苦しむ。
8. この撮影のために コスティンも被爆したが 
今も生き延びている。

★ブログ管理人の蛇足:
日本のメディアは 規制して、チェルノブイリ事故の
写真を 出さないように しているのかも 知れない。 



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