2006年08月18日

お雇い外国人

紀州藩はプロシャ出身のカール ケッペンを 銃の操作・弾薬製造教師として明治2年に雇い、彼の招聘でハイトケンペルは ルボルスキーと共に製靴教師として 明治4年に藩に雇われた。洋式軍隊の創設は 多量の靴を必要としたからである。明治維新と共に 武士は失業し 武士に職業訓練を 与えるために 西洋製靴伝習書がつくられ 彼らは そこで製靴技術を 教えた。以後 皮革産業は 地場産業として成長した。ハイトケンペルは 日本人の奥さんをもち (和歌山市博物館紀要にも奥さんの事がでてます) 日本に骨を埋めた。



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