2007年05月17日

教職24年の果てに小学校教師の死。ストレスによる死?

改革の圧力に潰されたのか。
学校の変革が 多くの老練な教師の 自己意識を蝕む。
改革の速さに ついていけないという不安が広がる。
いい教師とは 何なのか。
Ptetra Sperfeld は 24年間 ドイツ・エッセン市のマリアンネ
小学校で 教え 2006年10月27日に 51歳で 亡くなった。
死後2日経って やっと 見つけられた。
自殺だと 思った人が 多かったが、検視の結果 肺塞栓か 心不全
だと 判断された。
多くの人から いい教師だと 思われていたのに、45分間の授業視察を
受けた後に 「劣った教師」と宣告されたのは なぜ だろう。
彼女は こどもが 好きだった。こどもの 話をよく聞いた。
こどもも 学校へ くるのが 好きだった。こどもの何人かが 行って
いるモスクへ 断食月あけの祭りの時は 彼女も行った。こどもが 
欠席したり、何度か宿題を してこなかったり、休憩時間のパンを持って 
来なかったり したら 彼女は 親のところへ 行った。
校区にあった 炭鉱は 閉鎖され、多くの人は 生活保護を 受けている。
引越しできる人は 出て行く。留まる人は 困難を 抱えている人が多い。
マリアンネ小学校には 移民のこどもが 多く 市内で 最も困難な
学校である。
さらに 困ったことに 成績のいいこどもは 200-300メーター離れた
カトリックの学校に 取られる。
その結果 マリアンネ小学校の1年生は 2-3の文章を 話せば ほとんど
必ず どこか 間違う。
4年生を 終わって 進学校(ギムナージウム)へ 行く子は 2人いれば
大成功である。
そういう学校へ エッセンの6人の視学官 全員が 授業を見に来た。
この小学校では こどもの半分以上が 読解力について 最小限の
要求を 満たしていなかった。移民の子が 多いのだから 当然だ。
視察の時 4人の教師が 期待された力を 出せなくて、「劣った教師」
と評価された。
そのうち2人は 診断書を出し、1人は心身症の治療を 受けた。
もう一人は 早期退職を 選んだ。彼女は 転勤を 考えたが
24年いた 学校を 離れる決断が つかず 留まった。
治療を 受け、抗欝剤を 飲んだ。新学期が 始まった時 彼女は
担任を 外された。亡くなったのは その2ヶ月後だった。
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2007/07/B-Pisaopfer
★彼女が死の前に 自分の経験を メルヘンに 書いたのが 
PDFで 読めます。

記事はプリントすると 10枚くらいに なる長いものです。
自動翻訳ソフト(無料のもある)に かけたら 変な日本語で 
読めます。学校の 受験英語の 悪夢から 覚めにくくて
外国語は わからない所を 探して 質問せんとアカン ような
 気になる 人も 多い ですけれど、自動翻訳ソフトの 
吐き出す日本語のうちから 分かる部分を 読んでください。



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