2009年11月18日

孤児院から強制労働へinオーストラリア

2009年11月16日発。
ある女性は4歳のときに英国から連れ去られ 豪州の孤児院に入れられた。この女性について英国のケースワーカーMargaret Humphreysは 22年前に初めて聞いた。ケースワーカーは彼女の手助けをするうちに、数千の英国の子どもが同じ運命にあったのを知った。子どもは英国の児童施設から豪州へ送られた。公式には「もっと良い生活」ができるようにと言われて 連れてこられたが、実際は安い労働力として使われ、しばしば虐待された。
これは「良い白人を増やす」ためだった。

20年経ち、英国でも豪州でも 議会がこれについて調査し、子どもの輸出が知られるようになった。豪州の首相は11月16日にこのことについて議会で謝罪した。約千人の犠牲者が首相の謝罪を聞いた。

豪州原住民の子どもが親から離され、国立養護施設に入れられたことについて、昨秋 首相は謝罪した。今回は英国からの子ども(3歳~14歳)約7000人について首相は謝った。

17世紀から英国の緒組織(救世軍やキリスト教会も)は子どもを最初は 北米へ 後に アフリカ、カナダ、ニュージーランド、豪州に送った。大英帝国の「優れた白人の人口」を増やすためだった。
1900年から1970年の間に英国から豪州に3万人の子どもが送られた。19世紀初めからでは 15万人の子が豪州に送られた。それらの子の多くは親が死んだので もっと良い生活のために 遠くへ行くと言い含められていた。しかし大半の子は養子に迎えられるのでなく、孤児院に入れられ、充分に世話されず、しばしば虐待された。
安い労働力として農場や道路建設現場で働かせられた子もいた。

「皆さん方が子どものときに家族から離され、施設に送られ、施設で虐待されたことについて 許していただきたい。身体的な苦痛、魂の消耗、愛情・優しさ・配慮・世話の無い 冷ややかな環境で生活されたことについて、許していただきたい」と11月16日に首相は語った。

ケースワーカーのハンフリースさんと英国に「子ども移住者公益財団」がこれらのデータを集めた。
ハンフリースさんによると 最も幼い子は3歳で豪州に送られた。大半の子には「あなたがたは孤児になって、親は もういない」と後で告知された。多くの子は肉体的・性的・情緒的虐待を受け、自尊心を傷つけられた。イングランドにいる親には 子どもは大英帝国のどこかで 養子に迎えられると告知された。時には 子どもは死んだと伝えられた。
ハンフリースさんによると英国の最初の子ども移送は1618年で、100人の子がアメリカに送られた。その後 豪州、ニュージーランド、カナダ、南アフリカ、ローデシア(ジンバブエ)へも送られた。
1947年に英国から豪州に送られたJohn Hennessyは西豪州の「キリストの兄弟」という収容所に入れられ、日の出から日没まで働かせられた。多くの子は殴られ、肌を鞭打たれた。
2001年に豪州のローマカトリック教会はカトリックの施設で苦しんだ子どもに公式に謝罪した。
被害者への支援や賠償について英国政府では 話題にされていない。英国のブラウン首相が被害者に謝罪しただけだ。

下記サイトから:
http://www.faz.net/s/RubCD175863466D41BB9A6A93D460B81174/Doc~EF7EF05AAA40743C29E54F742E89A558C~ATpl~Ecommon~Scontent.html

下記サイトにも 写真9枚あります:
http://www.stern.de/panorama/hoellenloch-kinderheim-australien-entschuldigt-sich-bei-heimkindern-1522224.html





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