2009年08月10日

ロモLC-A誕生25年

下記サイトに古いロモ・カメラ本体を写した写真、ロモ・ホルガ・
魚眼のFisheye2で写した写真など30枚以上あり。

最善・最安の自動カメラとしてトイ・カメラ ロモLC-Aは 
ソ連で1984年に製造された。ソ連崩壊後も生き延び 
世界中のアナログ写真ファンを感激させている。

1982年にソ連の国防副大臣がケルンでのフォトキナ写真
メッセで日本の コシナCX-2というカメラを見て 
感動し、これに似た全自動カメラを共産主義世界全体
のために作りたいと思ったのが その開発の
きっかけである。

今はオーストリーのロモグラフィッシュAGが LC-Aの生産仕様に
従って新しいアナログ・カメラを生産している。

ソ連が崩壊した時、ロモへの需要は落ち込んだ。
金のある人は日本製カメラを買い、金の無い人は
ソ連製カメラを買うことさえ 考えられなかった。
1994年にロモ工場で LC-Aを作っていたのは30人
だけだった。
その頃に 3人のウィーンの学生が プラハの蚤の市で
中古LC-Aを買い、その写り方に感動した。
Wofgang Stranziger, Matthias Fiegl, Christoph
Hofinger という3人の学生が 学生寮にロモによる
写真を貼ったところ ファンは増え、多くの学生
がロモを買いたいと言ったので 彼らは東ドイツで
中古LC-Aを買い、それをウィーンで売った。
元学生 StranzigerとFieglは 1995年にロモグラフィッシュ
Gmbhを設立した。今のロモグラフィッシュAGの役員である。

95年に生産コストが上昇し、新しい機種の生産は
停止された。96年3月にザンクトペテルスブルクで 伝説に
なった 危機対応会談が行われた。参加者は 
ロモの役員たちと 同市のオーストリー名誉領事と 
同市の副市長プーチン。
プーチンはロモの生産が維持されるべきだと言う
意見に賛成した。

2005年にロシアでのロモの生産は終わり、中国で
生産されることになった。
ロモグラシッシュAG社の売り上げは年々増え続け、
年に3-5種の新しいカメラを開発している。
同社のウィーン本社では30人が働き、世界中に140人
の社員がいる。
日本、アメリカ、韓国、中国が主要市場に
なっている。
http://www.spiegel.de/netzwelt/tech/0,1518,640219,00.html



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