2006年11月19日

フリッツ カルシュ博士・シュタイナーの紹介

以下は東京医科歯科大 若松秀俊 教授から いただいたメールです。
フリッツ博士については 9月29日 10月9,20日のblogも ご覧下さい。

★10月25日に,カルシュ博士のことで 公開講座 「人間発見《日本教育の礎を形成
したドイツ人カルシュ 博士》を埼玉県県民活動センターの「彩の国いきがい大学」で130人を前に
講演してきました。思ったより、みなさんが熱心に聞いてくれました。
来週は上京する島根大学の副学長とカルシュ博士の件で懇談する予定になっています。

カルシュ博士の業績については、国内にシュタイナーを紹介した大きな功績が見られます。
一般には、戦後に日本に紹介されたことになっていますが、大正末期にすでに日本でカルシュが周
囲の人々に人智学を語っておりますし、結婚前に博士がシュタイナーの言葉を自筆の絵とともに恋
人のエンメラに贈っています。

《カルシュ博士によるシュタイナーの紹介》
カルシュ業績のもっとも大きな歴史的意義は今教育論議の中で一貫教育の重要な根拠となっている
R. シュタイナーの哲学を1925年当時に夫人とともに日本にはじめて伝えたことでしょうか。一般に
は第二次大戦後にK教授が日本に伝えたといわれているのですが、歴史的はこれとは異なります。以
前に東京外国語大学のドイツ科の人からも小生に直接問い合わせがありました。
カルシュの長女メヒテルトは現在シュタイナーの人智学をドイツ語から英語に翻訳しアメリカで広
める仕事に打ち込んでいます。
次女フリーデルンは戦後ドイツで復活されたシュタイナー学校(自由ヴァルドルフ学校)を卒業
し、その後マールブルク大学で博士号を取得した後に、自由ヴァルドルフ学校の教員となり、身近
には日本人の母娘(たとえば現在獨協大学講師)などを直接育てています。
長女が学校に行かなかったのはカルシュ夫妻の手でシュタイナー理論に基づいた教育を施したかっ
たからでありましょうが、このころはすでにヒトラーによってこの種の教育はドイツでは禁じられ
ていました。日本でも同様の影響がありましたが、こうした考えが「窓際のトットちゃん」こと黒
柳徹子さんの出身校の校長に影響を与えたものと思われます。現在もフリーデルンはスイスのドル
ナッハのゲーテアヌムで研究を続けており、メヒテルトはアメリカでシュタイナー研究とその実践
を広めており、結果的に大きな影響を日独米三ヶ国の人々に及ぼしております。
小生は、調査によりこの事実を知っていましたが、それ以上に当時の若者との交流の中にカルシュ
の人間性をみて感動しておりました。ひとからよく「カルシュ博士の現在に及ぼす影響は何か」を
尋ねられますが、これがそのうちの一つです。さらなる彼の業績を明らかにできることを願って調
査を深めております。先日の拙著「四手網の記憶」の原稿は、カルシュのおいたち、人柄、80年前
の松江、生徒や地元との交流、残した写真、絵画、言葉、調度、「記録に残る今日の世相の予測」
を後世に残したいと思う小生の思いをこめて網羅的に述べたものです。小生この思いをお汲みいた
だければ幸いです。



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