2008年10月05日
世界子どもの日inビルマ
2008年5月2日にミャンマーをサイクロンが襲った時に
約85000人が死に250万人が家を失った。
7歳のNwayは この日に家と両親と きょうだいを失った。
9月20日の国際子どもの日に Nwayはまた学校へ行ける
ようになった。
Nwayはいつもサイクロンの来た日を思い出し 避難所の
職員にそのことを語る: 夜 何時間も風と雨が荒れ狂い、
村のたいていの家の屋根が飛ばされた。水は5フィートの
高さまで来た。嵐は一時 おさまって いたのに、
夜中にまた嵐が来た。
家は壊れて 叔父さんが 村の長老の家へ連れて
行ってくれた。百人以上も その家に集まっていた。
夜が明けた時、村で残っているのは その家だけ
だと分かった。400人の村人のうち、1/4は死んだ。
数百の水源は汚染され、数えられないほどの田は
使えなくなった。百万人の子どもは 援助を頼りに
生きている。
World Visionとユニセフという国際援助組織のお陰で
学校としての仮小屋が建てられた。テントの学校は千、
学校教材の袋は10万個、ビニールシートは20万枚 用意された。
Nwayも 鉛筆、紙、教科書、制服をもらった。
下記サイトから:
http://www.stern.de/politik/panorama/:Weltkindertag-Myanmar-Eine-Schule-Nway/639700.html
約85000人が死に250万人が家を失った。
7歳のNwayは この日に家と両親と きょうだいを失った。
9月20日の国際子どもの日に Nwayはまた学校へ行ける
ようになった。
Nwayはいつもサイクロンの来た日を思い出し 避難所の
職員にそのことを語る: 夜 何時間も風と雨が荒れ狂い、
村のたいていの家の屋根が飛ばされた。水は5フィートの
高さまで来た。嵐は一時 おさまって いたのに、
夜中にまた嵐が来た。
家は壊れて 叔父さんが 村の長老の家へ連れて
行ってくれた。百人以上も その家に集まっていた。
夜が明けた時、村で残っているのは その家だけ
だと分かった。400人の村人のうち、1/4は死んだ。
数百の水源は汚染され、数えられないほどの田は
使えなくなった。百万人の子どもは 援助を頼りに
生きている。
World Visionとユニセフという国際援助組織のお陰で
学校としての仮小屋が建てられた。テントの学校は千、
学校教材の袋は10万個、ビニールシートは20万枚 用意された。
Nwayも 鉛筆、紙、教科書、制服をもらった。
下記サイトから:
http://www.stern.de/politik/panorama/:Weltkindertag-Myanmar-Eine-Schule-Nway/639700.html
Posted by jtw at 15:36│Comments(0)
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