2011年08月04日

「妙好人」と呼ばれる人たちがいた

”アンイマジナブルということ12(最終回)”
 大橋政人(おおはしまさひと、詩人)

月刊「未来」2011年8月号 p.16~17
から抜粋。原文は買って 読んでください。

★ 昭和の初めのころまで、わが国には妙好人
と呼ばれる人たちがごろごろいたらしい。妙好人とは
浄土系仏教の篤信家のことで、平たく言えば越後の
良寛さんを僧侶でなく、一般庶民にしたような人たち。
その生き方は良寛さんのように自由で純粋だった。

その言行録がいくつも残っている。ほとんどの妙好人は
無学で文盲に近かったから、死後、その地方の人々が
まとめたものだろう。

妙好人の研究家・楠恭氏は、「妙好人は決して単なる
有難屋ではないんであって、実に凄い、これこそ人間の
本当の生き方だということを知らせてくれる人ですよ」
(「妙好人の世界」)と言っている。

妙好人は 人一倍、求道の思いが強く、それに比例する
ように人一倍、内なる悩みは深かった。あちこちの寺へ
出かけて三十年、四十年と真剣に聴聞(僧侶の説法を聞くこと)
を続けた。その結果に得た信心の世界だから、その
生き方や言動は生半可の僧侶よりも何倍も新鮮に
印象深く周囲の人たちに影響を与えたのだろうと
想像される。
 
楠恭著『妙好人を語る』を読んでも 妙好人の
信仰が尋常一様でないことの片鱗が見えてくる。

浅原才市も、いまでは生地(島根県石見)に記念館も
建ち、北原白秋選の「かぜをひくとせきがでる/
さいちがご法義のかぜをひいた/念仏のせきがでるでる
」という詩を刻んだ記念碑もあるという。
禅者の鈴木大拙は「或る意味で云えば、キリストも亦、
妙好人の一人である」(岩波書店『鈴木大拙全集』十巻)
と大胆なことを言っている。


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