2006年10月18日

ヘチマの皮/辺路馬の皮

中辺路でソーセージを作るヴェルナーさんの事を10月1日のblogに書きました。今日はその中辺路の馬についてです。
明解国語辞典に よると:
他の野菜と違い 皮が役に立たない所から なんの価値も ないという意味を 「へちまの皮とも 思わない」と言うように なった。「へちまとも 思わないは その略。また たいした存在でも ないものを 指すこともある。 例、世の中を なんの へちまと 思えども
なお 「学校も へちまも 有るものか」などは 否定的表現に おいて語路を 整える用法。

浄瑠璃にも へちま は よく出てきます。例: 親の言うことを へちま とも 思わず...
恩も 礼儀も 忠孝も 死ぬる身には へちま...

紀州には 上記 へちまの皮を 「辺路の馬の皮」だと 言う解釈が あります。
中辺路 大辺路などで 荷物を運んだ 馬は 険しい山道を 歩き ろくに食べ物も ないので やせ細り 皮の質も 悪くなり そのうえ 背に重い荷物を 積まれて 皮が 傷つく。その結果 辺路の馬の皮(へち うまの皮)は 役に立たない。

熊野詣で に来られた人が 辺路の馬に ついての この表現を 広めた結果 浄瑠璃にも でてくる 一般的表現に なったと も 思いにくいですが 話しとしては この解釈の方が 楽しいです。



Posted by jtw at 04:58│Comments(0)
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