2008年01月19日
ナイロビのスラムから
1月4日発: ケニアでは流血の騒乱が続いている。
特に悲惨なのがナイロビのスラム街で、もっとも悲惨
なのがスラムの子どもである。
死体はゴミ捨て場に捨てられ、犯罪者や略奪者が
通りを徘徊する。
誰もが すべての人を恐れている。
庭師のデニスは バスが走らないので 仕事の場所
まで4時間歩いて行く。
食糧はなくなり、料理するにも 火をおこす石油もない。
物価は2倍になり 物を手に入れるのに 長い間
探さないといけない。
夜は 襲撃されるのが心配でグループで外で寝る。
騒乱の前には 貧困が人々の間柄を緊密なものに
していた。今では 不信感が広がっている。
二児の母であるフローレンスは新年を祝えないのが
悲しい。近所に何もない。食べ物も無い。
政治家は 家族を安全な外国へ送り出した。
貧しい人は 子どもを残して死ぬ。
下記サイトから:
http://www.tagesschau.de/ausland/kenia164.html
★こういう騒乱の後に孤児院が作られる。日本の児童養護施設
の多くも 元は 太平洋戦争後に 作られた 孤児院だそうです。
日本の施設は 戦後60年たつけれど 一部の例外を除いて
よくない。
このブログの「お気に入り」にある 施設出身者 mariaさんと
leiさんのブログも 見てください。
特に悲惨なのがナイロビのスラム街で、もっとも悲惨
なのがスラムの子どもである。
死体はゴミ捨て場に捨てられ、犯罪者や略奪者が
通りを徘徊する。
誰もが すべての人を恐れている。
庭師のデニスは バスが走らないので 仕事の場所
まで4時間歩いて行く。
食糧はなくなり、料理するにも 火をおこす石油もない。
物価は2倍になり 物を手に入れるのに 長い間
探さないといけない。
夜は 襲撃されるのが心配でグループで外で寝る。
騒乱の前には 貧困が人々の間柄を緊密なものに
していた。今では 不信感が広がっている。
二児の母であるフローレンスは新年を祝えないのが
悲しい。近所に何もない。食べ物も無い。
政治家は 家族を安全な外国へ送り出した。
貧しい人は 子どもを残して死ぬ。
下記サイトから:
http://www.tagesschau.de/ausland/kenia164.html
★こういう騒乱の後に孤児院が作られる。日本の児童養護施設
の多くも 元は 太平洋戦争後に 作られた 孤児院だそうです。
日本の施設は 戦後60年たつけれど 一部の例外を除いて
よくない。
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leiさんのブログも 見てください。
Posted by jtw at 16:36│Comments(0)
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