2013年11月10日

遠友夜学校in札幌

日本経済新聞2013年11月6日の文化欄から抜粋:
見出し:札幌の夜学 消えぬ理念。
新渡戸稲造設立・遠友夜学校の「自愛」の精神伝える。
筆者:山本玉樹(北大)

新渡戸稲造が1894年(明治27年)に札幌で開校し、
終戦前年まで続いた夜学、遠友夜学校の歴史と教育
理念を伝えるため、山本先生は 地元での講演や
大学生向けの講義を続けている。
この学校は 通常の学校に通えない青少年が無料で
学べるようにした場。
札幌農学校の学生たちが無給で教壇に立った。新渡戸
博士夫妻のほか有島武郎らも教べんを執り、
約千人の卒業生を送り出した。
山本先生は 約50年前、北大理学部の助手として
大学にいた時期に この学校に関心を持った。当時 
松浦一教授の研究室に堀内寿郎教授が尋ねてきて、
両教授が北大に採用されたときの宮部金吾教授の
思い出を語り合っていた。宮部は新渡戸の同期で、
植物学者。クラークの理念を受け継いだ宮部に対する
両教授の強い畏敬の念に打たれ、北大建学の理念に
興味を持った。
新渡戸は米国滞在中の85年、宮部に宛てた手紙に
「札幌市民学園」の構想を記している。「貧しくて義務制の
学校にも行けない子供たちなどに対する学校」である。
宮部は新渡戸の後、遠友夜学校の二代目校長を務めた。
この学校の校是は「リンカーンに学べ。リンカーン精神に学べ」。
「何人に対しても悪意をいだかず、すべての人に慈愛を」と
説いたリンカーンの精神だ。
クラーク博士の背景にはリンカーンの精神があった。
生徒募集のチラシの文面に 学校関係者による無私の
献身が染みこんでいる。
卒業生も探して訪ねた。1909年に入学した小寺アキさんは 
雪の日もはだしで学校まで通っていたという。
山本先生は北大で 1,2年生向けに「札幌農学校の教育
思想とその背景」という講義を持っていた。亡くなるまで
毎年、小寺さんを講義に招き、学生たちに合わせ続けた。
小寺さんはいつも約束の部屋の入り口に立って、我々を
見ると手を合わせて 最敬礼をしてくれた。そして学生一人
一人に「あなたとそっくりな北大生が遠夜学校で私に
教えてくださったのです」と言って握手をする。
全国の大学には それぞれ異なる建学の精神と独自の
歴史がある。各大学の個性を、歴史を見直すことで
再確認してみてほしい。



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