2010年08月16日

アフガニスタンでドイツ人通訳射殺される

2010年8月8日発;
ドイツ人 ダニエーラはアフガニスタンを支援した
かっただけなのに殺された。
彼女のいた医療支援団は 危険な東アフガニスタンの
Nuristanで まったく無防備だった。支援団の軽率な
行動のために 何人ものメンバーが殺された。

アメリカ人ダンは以前、パイロットだった。十年以上 
アフガニスタンの支援プロジェクトで物資輸送に
あたってきた。このヌリスタンへの旅は 最後の
ご奉公になるだろうと彼は 数週間前に 友人に
言った。危険でもあるし、歳をとったから。

「国際支援組織」International Assistance Mission が
編成したグループに ダンもダニエーラも入っていた。
IAMは カーブルにあるキリスト教の支援組織であり、
武装警備員も装甲車も持たない。

ヌリスタンに着いた後、Naw村からは 車の通れる道は
無く、馬で行く。村長の招聘だった。村長は 僻地に
医者が来るのを喜んでいた。

何人かの地元民と警察は ヌリスタンへ行かないように
警告していた。それなのに、IAMは 何度もそこへ
行ったことがあるし、医者を撃つ人はないだろう
と言う 素朴な考えで 警告を無視した。

グループの唯一のドイツ人 ダニエーラは1975年に
生まれ、ライプツィッヒ大学で言語学を専攻した。
4年間 英国のGloucesterhireの大学に留学し、2007年に
IAMのために アフガニスタンに来た。
カーブルで1年ほど 地元の言語 Dari を学んだ。
彼女はDariを流暢に話し、他の地域語二つも 
まずまず話した。
1年前に彼女は IAMを辞め、局地的言語を研究し、
それを絶滅から救うNGOに参加していた。
英国の女性の外科医が アフガニスタンで女性を
治療する際に 女性通訳が必要なので ダニエーラに 
IAMへの参加を頼んだ。
それが 最後の旅になった。
下記サイトから:
http://www.stern.de/politik/ausland/mord-an-internationaler-helfergruppe-daniela-b-wollte-nur-afghanistan-verstehen-1591217.html



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