2010年06月14日

AA アルコール依存症者匿名会・創立75年(上)

アルコールを飲む危険は しばしば評価されていない。
ドイツ依存問題センターに調査によると ドイツでの
35~65歳の死亡例の1/5は酒に原因がある。

下記の二人のアル中患者は 仕事をこなしていても、
家族と自分に偽りを言っていた。数十年、酒が二人の
日常を支配してきた。今、シラフでいられると言う
エルンストとフリードリッヒは AAにつながって 
生きる道を見つけた。

◎エルンスト(52歳)の体験談:
家族は皆、酒飲み だった。母はアルコール依存症だった。
3歳のときビアガーデンで飲んだ。飲ませておけば、
静かにしていたから。ストレスがあったり、混乱した
時には 飲んだ。小学校でも 何か引き起こしたら、
飲んだ。母親は「ちょっと飲め」と私に言った。
12歳の時には1日にグラス2杯ビールを飲んだ。
大人になって 朝10時に飲み始めた。

朝、職場へ行く途中で ガソリンスタンドで ビールか
発泡ワインを買った。(ドイツでは ガソリンと酒を
一緒に売る??)

長い間、色々とウソを言ってきた。

子供を連れて遠出するときも 飲める食堂を通り
かかるようにしていた。ともかく 年中、放心状態で
あって 酒のことを 常に考えていた。

人は飲むと 孤独になる。他人が引いてしまうから
ではなく、自分に耐えられなくなるから 孤独になる。
昔は 鏡に映る むくんだ顔、赤い目を見るのは
辛かった。今よりも17キロ 太っていた。
朝、歯を磨こうとしたら 吐き気がしたものだった。
ある時、友達が「飲みすぎでないか」と言うてくれた。
しかし私は不機嫌になっただけだった。依存症だとは
認めたくなかった。
妻も私に不信感をもっていたが、私が依存症だとは
 思っていなかった。アルコール依存は家族全員が 
かかるものだから。

そのうちに 医者が 私の肝機能の数値が えらい
ことだと言うたので、しぶしぶ酒を止めることにした。
自助グループに行ってみた。それが救いになった。
初めて 自助会に行った帰り道に ガソリンスタンドを
通りかかったが、飲まなかった。
禁断症状で1週間ほど辛かった。自助会の人たちの
助言を求めた。たとえば水を飲んで 耐えたりした。
自助グループで「エルンストです。アル中です」と
言えるようになるのに半年かかった。

もう13年、酒を飲んでいない。制約を受けている
という気持ちでもない。食堂へもビアガーデンへも
行ける。ミネラルウォーターを飲めば それで 
いい気分になれる。
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/leben/jahre-anonyme-alkoholiker-endlich-leben-1.955989



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