2010年02月13日

バレンタインの日にガザ地区から欧州へ花を届ける

イスラエルの封鎖により2年間、花を輸出できなかった
パレスチナの花農家はカーネーションを家畜の餌に
してきた。今オランダ政府の尽力で再び欧州へ
花を送れる。
ヘシャさんの育てるカーネーションは安売り
カウンターにあるようなのでなく、茎の長い赤い花が
沢山つく最高級品だ。
2007年夏に封鎖が始まった頃にはテルアビブ空港へ 
封鎖されていない地域を経由して運べたが、2008年
1月に輸出はまったくゼロになった。
今シーズン、ヘシャさんは6台のトラックで50万本
の花をオランダへ送り出した。
ガザ地区の花・苺農家は2006年からオランダの
開発計画によって支援されてきた。オランダは
金を与えるのでなく、パレスチナ人に世界市場へ
の接続を可能にしようと言う考えだ。
欧州からの圧力により、パレスチナ人は12月から
再び花と苺を輸出できるようになった。オランダ
からドイツへも再輸出される。
ガザ地区は青銅器時代から肥沃な土地として
有名だった。ここでローマ帝国の王のための
ワインが作られ、ここの果物は地中海の様々な
港町で賞味された。

イスラエルによる封鎖以来、ガザ地区の企業の
約90%は廃業した。住民の60%以上は失業して
いる。今年、700弱の家族が従事する花と苺の栽培
は地平線上の一条の光だ。ガザでハマスが力を
保っている限り、イスラエルはガザの経済発展の
促進する気は無い。しかし ガザにも隙間は存在し、
外からの圧力が欠けているだけだと言うことを 
オランダの例は示している。
ヘシャさんは以前、45人を雇っていたが、今は
25人に減った。今、6ヘクタール(約18000坪)に
カーネーションを植え、残りの土地でジャガイモを
植えている。ジャガイモはガザの週市で売る。
ほとんど儲けにはならない。しかし それは
魂の安らぎのためだと彼は言う。
花を輸出できなかった頃、ヘシャさんは ほとんど
毎日、花束にして 妻の持って帰り、大半の
カーネーションは牛、羊、山羊の餌にしていた。
家畜はカーネーションを喜んで食べる。「2年間、
ガザの牛に大量のバレンタインの贈り物をしてきた」。
下記サイトから:
http://www.spiegel.de/politik/ausland/0,1518,673399,00.html



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