2009年11月07日

貧困の克服inエクアドル。有機農業による

テレーゼ(48歳)はエクアドルの最貧困地域で育った。
読み書きも習えなかった。しかし他の女性と共同で
有機栽培の作物の市場を作れた。彼女の売り場には
新鮮なサラダ、野菜、果物、全粒パン、鶏肉、卵
などが並ぶ。
共同で仕入れ、売るようになってから収入は増え
続けている。
テレーゼは中南米の原住民で、母語はケチュア語。
アンデス山地の痩せた乾燥した土地に住む。夫は
遥か遠くのアマゾン地域で石油会社で働いている。
村の男は大抵、出稼ぎにいく。彼女は3ヘクタール
(約9千坪)を耕作する。
朝は4時におきる。1日16時間労働が多くの女性に
とって普通だ。その他に無償で有機栽培農家協会
の会長もしている。
90年代にエルニーニョ現象により乾季が長くなった。
しかし灌漑システムは30年前に政府が約束したのに
実施されなかった。困り果て、1994年に女性たちは
有機栽培農業協会を設立した。最初の行動は自分で
ツルハシを持って14キロの運河を掘ることだった。
遠くの水力発電所の水を自分達の畑に導く
ためだった。開発組織CESAが関わり、それと共に
ドイツの「世界飢餓援助組織」が乗り出した。
運河ができた当初は 飲み水は週に一度しか個々の
家に流れなかった。水量が増え、収穫は増えた。
生活状況は良くなった。多くの子がいい教育を
受けるようになった。テレーザの娘エステラ(8歳)
も学校へ行っている。その上の娘は高校を出て、
首都キトで働いている。上の娘の子も元気だ。
テレーザは2人の赤ちゃんを亡くしたが、今では
乳児死亡率は下がった。
外国の援助組織の支援なしでは これらはもっと
難しかっただろうと彼女は確信している。
ドイツの「世界飢餓援助」という組織は有機栽培
農業を教え、その産品を市場に出すことを教えた。
もっと水が使えるようになり、家族全員で農業を
できることをテレーザは望んでいる。そうなれば
夫も家に戻ってこられる。
下記サイトから:
http://www.dw-world.de/dw/article/0,,4468166,00.html



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