2009年09月10日

幻の浄瑠璃復活公演@新潟・「弘知法印御伝記」英で発見、

朝日新聞 2009年9月9日夕刊から
抜粋。記事は買って読んでください。

元禄時代に浄瑠璃本として海外に持ち出され
た浄瑠璃がある。ゆかりがある新潟県で、
地元で結成された越後猿八座によって、300年
ぶりに舞台に復活した「弘知法印御伝記」である。
(由里幸子)

 1962年に浄瑠璃研究の早稲田大学名誉教授の
鳥越文蔵さんはケンブリッジ大学で教えていた
時に 数点の浄瑠璃本(大英博物館所蔵)を
見て欲しいと 現地の研究者から頼まれた。

その一冊「越後国柏崎 弘知法印御伝記」は、
日本では現存が確認されていないものだった。
自らの遊びがもとで妻が殺され、息子たちと
別れた男が即身仏になるまでの物語。14世紀に
即身仏となって、いまも長岡市の西生寺に安置
されている弘智法印がモデルだ。
日本橋堺町で説経浄瑠璃をしていた江戸孫四郎が、
年代など大きく変えて物語にし、貞享2(1685)年
ごろに舞台にかけたらしい。近松門左衛門が
活躍する以前の「古浄瑠璃」は、英雄や昔話、
高僧などの物語が多く、地方のあまり知られて
いない僧の話は珍しく、貴重な浄瑠璃だ。

 海外には、ドイツ人医師ケンペルが持ち
出したようだ。
鳥越さんは、国内には虫食い本しか残っていな
かった他の浄瑠璃もふくめて1966年に
『古浄瑠璃集(大英博物館本)』として刊行した。
 それから40年。鳥越さんの友人で日本文学研究者
のドナルド・キーンさんは、文楽で三味線弾きを
やっていたが新潟にもどっていた鶴沢浅造さんに 
古い浄瑠璃の復活をすすめた。

 浅造さんは鳥越さんの上演許可をえ、キーンさん
から越後角太夫と名前もつけてもらい、佐渡の文弥
人形の人形遣い西橋八郎兵衛さんとともに、
越後猿八座をたちあげた。
こうして浄瑠璃は、ことし6月に柏崎市で
よみがえった。言葉がわかりやすく聞こえるように、
しかも古風に作曲し、角太夫さんが三味線も語りも
熱演した。人形は西橋さんが作った。江戸初期の
ころのように西橋さんはじめ座員たちは1人で
ひとつの人形を操る。
 一座の公演は、まだ新潟県内に限られている。
夢はいずれ大英博物館で上演することだ。



Posted by jtw at 13:34│Comments(0)
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