2009年05月19日

人身売買inネパール・親に売られる娘

人身売買はネパールで禁止されているが、多くの親は
娘を料理、洗濯、掃除をする奴隷として売る。
貧困と伝統と父親のアルコール中毒のお陰で
人身売買は繁盛している。
娘1人売ると 親は1年に最高120ユーロを受け取る。
半数以上の人が 1日に75セント以下で生活している
ネパールで この金額は大きい。
ネパールの田舎には12000人の「重労働する女性」
(売られた女性、奴隷)がいる。

ウルミラ(19歳)はインド国境の村に 波型トタン屋根の
粘土の家に住む15人家族の一人。
彼女は今ごく小さい写真店を経営している。彼女の目標は 
この地方の「奴隷制」を根絶することだ。
7歳の時 彼女の子ども時代は終わった。1997年に
親は彼女をカトマンズに売ったのだ。
学校へ行かせてもらえると言うのは ウソだった。
夜に古新聞を読もうとしたが、雇用主は電気を消した。
10歳の時 古里に帰ったが また首都の政治家の
ところへ 1年に15~30ユーロで売られた。
今 彼女は 親の家の土間に座り、蝋燭の灯火の傍で 
7年の難儀を語る。
かつて農奴だった両親のことは話そうとしない。「それは 
思い出したくない、涙がでるから。」
政治家の家で 当時10歳の彼女は 朝4時に起き、
掃除、料理、洗濯をして、夜遅くやっと 狭い部屋で 
ベッドもマットレスも毛布もなく、床に敷いたシーツの
うえで身体を丸めた。
飼い犬の方が いい食事をしていた。
ウルミラは今も常に不安だ。覆面強盗が 政治家の家に
入ったことを思い出すと、今もパニックに襲われる。
雇い主は 彼女が強盗と共謀していたと責めた。
援助組織SWANの会長 クリシュナンによると、
ウルミラは 大難を逃れた言える。強姦され 子連れで
古里に帰る女性もいる。
多くの女性は マッサージをさせられ、団扇で扇ぐ役を
させられ(人力扇風機)、薪を集め、水を運び、レンガ
製造所で働かせられている。

少年が捕まえられて 売られることな あまり無い。

子ども援助組織 PLAN Internationalの支援を受け、
この地区で過去4年間に約1700人の奴隷女性を救出した。
この組織は 奴隷解放プログラムだけで625000ユーロを
かけている。主として 救出した女性を教育するために
使われる。PLANは親を支援して 娘を売らなくても 
済むようにも しなければ ならない。親に金を渡す
のではない。小額の貸出金制度を利用したり、
小さい会社を作ったり、狭い農地を賃借りしたり
するのを PLANが手助けする。この方法でPLANは 
2900家族を支援した。
現金収入ができると、子どもを 学校へやれる。

援助組織SWANの会長によると、首都では 政治家や
企業家のところで 多くの奴隷女性が働いている。
ウルミラは 奴隷だった頃に 自分は奴隷だとは 思って
いなかった。かつて農奴だった人の 独立の気概と
雄弁に影響され、やっと彼女は 自分は奴隷だった
と知った。今 彼女は1600人の奴隷女性を組織している。
600人の元 奴隷女性と共にカトマンズで抗議デモ行進をした。
すべての子どもが 親のところで生活できて、学校へ
行けたり 職業教育をうけたり できるように すると
いうのが彼女の目標だ。
元の雇い主(女性政治家)が彼女を奴隷として使った
年月の賃金を払うことを拒否したら 彼女は雇い主の
名前を公表し、最後には 法廷闘争に持ち込むつもりだ。
下記サイトから:
http://www.spiegel.de/schulspiegel/ausland/0,1518,623460,00.html



Posted by jtw at 13:48│Comments(1)
この記事へのコメント
子どもの人身売買を題材にしている「闇のこどもたち」
映画を見ることができなかったので本で読みました
この物語はフィクションか?ノンフィクションか?
わたしにはわかりません
ミスチルの「タガタメ」に
「子どもらを被害者に加害者にもせずに
この町で暮らすため、まず何をすべきだろう?」
という歌詞があります
今、私たちにできることは何なのでしょうか?
Posted by デンスケ at 2009年05月19日 14:52
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