2009年04月01日

小沢昭一・佐藤綾「綾さん~小沢昭一が敬愛する接客のプロ~」

新潮文庫1983年の刊。その元は 新しい芸能研究室から
1978年に刊行された。と言うことは 古本屋さんにしか 
ないかも知れない。
以下 その抜粋:

「トルコ風呂は 観客一人、女優一人の劇場である」と
考える俳優 小沢昭一は トルコ姉さんに 、今は芸能人が
失ってしまったクロウト芸の神髄を見る。
そこで これまでに 出会ってトルコ姉さんの なかから
 たった一人を選び 彼女の接客の芸を 聞きだす。

芸能家業も 歴史的に「泥水稼業」であった。
泥水の中に 人間、生きとし生けるものの、虚飾のない活気がみなぎって、そこは 創造の泉となった。泥に根をはって、純白にして婉然たる花も咲かせた。
当今の芸能者の生活からは 泥を吸って吐き出して、うろこを黒光りさせて太ってゆく真鯉のような強さも、泥をかぶってじっと寝て、夜になると二本のヒゲを逆立てて浮上する鯰のような智慧、すっかりなくなってしまった。

綾さんは 「やらざるをえない身すぎ世すぎ」のなかで特技を真剣に 
練磨し、カタギ社会とやさしく取引しようとして来た。
その姿に 終始こころ打たれて来た小沢昭一さんは いま、あらためて その綾観世音菩薩に、なにごとの おわしますかは しらねども かたじけなさに ただ 手を合わせて拝んでいるのである。

解説は 文化人類学者 山口昌男先生。
その解説によると 1980年に「見世物の文化人類学」という国際会議が 筑波大学で開かれ、特別講演として小沢さんが「トルコの世界」という演題で話された。
外国人の学者に トルコ風呂が 社会的コミュニケーションの「桃源郷」であると映ったらしい。
綾さんは バーのホステス時代に ママから 客の喜ぶことなら なんでも すること、従って そのような意味で役者を見習うことを教えられる。こうした訓練を通じて客がホステスに何を求めて きているのかを 考える緒口を与えられることになる。
「綾さん」は インタビューによる個人誌(史)の記念碑的著作として後生仰ぎ見られるであろう。



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