2008年03月19日

中年男性のヘロインとの付き合い

ドイツの七つの市が 重度依存症の人にヘロインを提供している。
ヘロインを犯罪によって入手しないで 生きていける唯一の道なのだ。
もし連邦議会が この方法を合法だと認めないなら、
Arneは再び 強盗をしてヘロインの金を稼ぐことになる。
Arneは毎日 ヘロインを3-5回 うつ。ストリキニーネも
洗剤も注射する。目は炎症を起こしているし、網膜剥離もある。

彼らを病気にして 死なせるのは ヘロインでなく、汚染された
注射針であり、毒物を麻薬売り人が混ぜていたためだったり、
薬のやりすぎ だったりである。

何十年も麻薬から 離れられない重度依存症の人に医師の
監視の元に 純粋のヘロインを与えると、患者は体力を
取り戻す。そして もう空き巣に入ったり 銀行強盗する必要も
なくなる。そうなれば普通の生活をする機会も得られる。これが 
ヘロインを処方するという実験を 支える考えである。
この実験を続けるには 麻酔剤法を 改訂しなければならない。
Arneはこの実験に参加している。

彼は47歳、17歳でヘロインを始めた。他に 化学薬品 
コカイン LSDもやった。
15-16歳の頃に 飲み放題の父と 黙っている母親を軽蔑し
始めた。それまでに いくつかの児童養護施設に入ったことも
あった。学校は止めた。自分で静脈にヘロインを注射した。
1日にヘロイン代は200-300マルクかかった。金は強盗を
して稼いだ。
初めて逮捕された時は 1年間 刑務所にいた。刑務所は 
彼にとって職業訓練所だった。
その後 結婚したが また6年 刑務所に入った。刑務所内
でも麻薬は入手できた。母はハシシュを差し入れた。
1989年に出所した。
その翌日 妻 Sabineは消えた。堅気になるつもりで 
出てきたがそれで 気力も無くなり、また注射を始めた。

30年間ヘロインをしてきて、次の金をどうやって手に
入れるかだけを考えてきた。1-2回は ほとんど 麻薬をやめ
られそうになったことも あった。自助グループのリーダー
にもなった。初めて麻薬の力によらずに 自分の力で 
満足を得られた。そんな時に 別れてから会っていない 
Sabineが エイズで死んだと 聞いた。それ以来 また 
金を求める生活が始まった。
1998年に 強盗に入って 捕まり 2002年に出所した。
42歳だった。人生の1/3は 刑務所で過ごした。

服役中に 本を寄附してほしいと言う新聞広告を出した。
何人かが小包で本を送ってくれた。その中に ヘルマン 
ヘッセの「少女」もあった。シェイクスピアのソネットに 
感動し、自分でも 詩を書いた。

麻酔剤法が改正されたら すべての治療がうまくいかない
約2000人の麻薬依存症者に ヘロイン診療室で無料で 
麻薬を提供できる。しかし 連邦議会で CDUだけが 
これに反対している。

現行のヘロイン提供実験は 学術的試行なので いつか 
終わる。そうなれば 彼のような人は また 強盗をする
ことになる。
彼は 4年半 国から麻薬をもらってきた。4年半の間 やっと 
自分の生活をコントロールできてきた。30年前に 無くした 
コントロールだった。一部屋だけのアパートに住み、仕事を
探してきた。コールセンターでも働いた。ヘロインの量は 
半分になった。しかし 昔 汚染された注射針から うつった
肝炎が 最近 悪化した。直ったら また働きたい。

60歳になってまで ヘロインをしているのは 悲しいと
思っている。
ヘロイン治療室から 中央駅へ歩いて行く途中に 
ハンブルク麻薬相談所がある。地下鉄でアパートへ帰り 
まだ見える片目で テレビを見る。8時間後にまたヘロインを打つ。
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2008/12/Heroin?page=1



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