2009年08月17日

チェルノブイル大惨事地域見学ツアー

1986年4月26日に最悪の核工学の事故が
ウクライナで起きた。その後 チェルノブイルに
人は住んでいない。
原子炉が溶解し、数千人が健康を損なわれ、
死んだ。
無人になった町は略奪され 家屋は崩壊し
つつある。
時々 Kiewの町から「大惨事跡見学ツアー」
一行が来る。下記サイトの写真14枚で 
その様子を紹介する。

写真2. チェルノブイルの元役所で 説明をうける
ツアー参加者。
3. 事故直後に惨事の現場で働いた消防隊員追悼
の記念像。彼らの多くは 不十分な装備で 
事故に立ち向かったため、亡くなった。
4. 原子炉 5号と6号は事故の時に建築中だった。
5. 左が 事故を起こした原子炉を入れた石棺。
6. ツアー客は 事故を起こした原子炉の入り口
まで行く。ガイガ計数器は1時間あたり約600
マイクロレントゲンを示している。防護設備は 新しい
石棺に換えられなければならないが その建築
の目途は立たない。
7. 原子炉の町 Prypjatの人々は 原子炉の
敷地が見えるところに住んでいた。事故の後 
35時間で ここから 5万人の労働者と家族が
バスで避難した。
8. Prypjatでの生活は 平均以上の水準だった。
これは 遊園地のスクーター。
9. あと数日でメーデーだった。そのデモの
ために用意された肖像。
10. ツアー客の他に青少年や芸術家も 立ち入り
禁止地区に入る。許可なしに 入る人もいる。
落書きを残していくこともある。
11. 廃校。
12. 廃校に「まじめに勉強せ~」というポスターが残る。
13.ツアーの最後に もし 食欲を失くしていなければ
 食事が出る。
14. 公式の発表では 1日 立ち入り禁止地区に
滞在しても無害だとされている。ここでの 
1日の放射能被爆量は 大陸間の飛行で 
あびる放射線の量より少ない。
しかし 安全のために 立ち入り禁止地区から
出るときに 放射能探知機の中を通る。

下記サイトから:
http://www.zeit.de/online/2009/32/bg-tschernobyl?1
  


Posted by jtw at 13:11Comments(0)

2009年08月17日

親子心中はドイツにもある

2009年8月14日発:
重病の子どもを世話する負担に耐えられず、
デュッセルドルフで 障害児を殺して 両親は自殺した。
両親は重病の子とうまく やっていけなくて、
自分たち二人と子どもにとって打開策が 見つから
なかったと 遺書に書かれていた。
父親は47歳の 国家試験に合格した技師で、
母親は27歳だった。
心配した隣人が8月13日に 一家を何日も見て
いないと 警察に電話した。消防隊員が鍵の
かかったアパートに入り、3人の遺体と遺書を
見つけた。死後 数日たっていた。
この悲劇に 第三者の関与を示すものは無いと 
検察は述べた。
下記サイトから:
http://www.n-tv.de/panorama/Familiendrama-in-Duesseldorf-article461030.html  


Posted by jtw at 07:30Comments(0)