2009年04月06日

釣りを小学校の科目にしよう@ドイツ

ドルトムント大学のWilfred Bos教授によると 釣りは
有意義な教育手段だ。釣りは 子どもに 自然保護、
動物保護の理解を促進し、人間の成熟を促進する。
そのうえ 忍耐、注意力、目標に向かって努力すると
いうような徳目を 遊びながら身に付けられる。

州の釣り協会 事務局長も 学校での研究集会や
プロジェクトを計画している。

学校教育省によると 「実際的な問題も多いので 
釣りは学校の科目としての条件を満たさないだろうが、
釣りが子どもに 肯定的な働きをもつことに 疑いを
持っていない」。
下記サイトから:
http://www.bild.de/BILD/regional/ruhrgebiet/aktuell/2009/04/01/angeln/als-pflichtfach.html  


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2009年04月05日

性同一性障害を「治療」できると信じている精神療法家もいる!

英国の若干の精神療法家は いまだに 性同一性障害を
治療できると信じている。6人に1人の精神療法家は 
ゲイとレズの人に 異性愛の状態に変えさせたり、
同性愛の感情を減らしたりすることを提案したことがある。
これは 1400人の精神療法家を対象にした調査が示している。
この調査をした研究者たちは このような「治療の提案」は 
過去のことだと期待していたが、実際は
この10年に400-500の例があった。

調査の指導者 Michael King教授(ユニヴァーシティ 
カレジ ロンドン)はこの調査結果を 気がかりで 
衝撃的なことだと述べた。
若い人が インターネットで 性同一性障害への嫌がらせや 
ウツ状態や「治療」について読んで、精神療法家に
相談することもあるだろうと King教授は言う。
「性同一性障害は その人の一部であり、病的なもの
ではないと言うのが 賢い精神療法家の言うことで
あるのに、そうでない療法家に 受診した場合、受診者は 
自分を変えるために治療を受けたらどうかという提案に
のりたい気になる。「治療」とすると言わないで、
性同一性障害者が 嫌がらせを受けるのは 遺憾なこと
であり、そして その状況と折り合いをつけて 
乗り切るのを 療法家は 助けることができると
言うべきだ。」
下記サイトから:
http://www.n-tv.de/1127723.html  


Posted by jtw at 09:32Comments(0)

2009年04月04日

火酒飲みすぎで死んだ生徒はメタノール中毒

火酒(ブランデー、ジン、焼酎など)を飲み過ぎトルコで
死んだ21歳の生徒の死因は メタノール中毒だと
いうことが ハンブルク大学病院による死体解剖で分かった。
死んだ生徒の血液中に1000分の2以上のメタノールが
あった。1000分の0.2のメタノールは 致死的である。
彼の血液中にエタノールは証明されなかった。

メタノール中毒の症候は 2-3時間後に現れる。
早く診断がついていれば その生徒は助かったかもしれない。

自家蒸留した火酒の中のメタノールが 気化しない
場合に 酒の中に メタノールが残る。(ということは 
彼らは トルコで密造酒を安く買ったのかいな?)
メタノールは肝臓で酸化され、フォルムアルデヒドになり、
その後 蟻酸になる。

リューベックの職業訓練校の生徒たちが 先生とトルコへ
旅行に来ていて 酒盛りをした。そのうち21歳の
生徒が死んだ。意識不明の二人は 救急飛行機により 
トルコからリューベック空港に運ばれた。4人は トルコの
病院で快方に向かっている。
下記サイトから:
http://www.n-tv.de/1129250.html
http://www.n-tv.de/1132179.html

★若い衆にお願いします。外国で安い酒を飲まないで 
ください。死んだら もったいない。  


Posted by jtw at 09:04Comments(0)

2009年04月03日

家出人の共同宿舎inミュンヘン

宿なしになった青少年のための共同宿舎 訪問記:

写真付きで4ページから成る記事です:

1. JUPという宿舎は1995年から 住む家のない若者を受け入れている。青少年福祉局の支援を受け、青少年支援局に連絡してきた21歳以下の人を受け入れる。

JUPに4人の若者がいる。とりあえず3ヶ月滞在する。
2人の社会教育学修了者が 入所者の日常に配慮し、職業訓練の場を見つけるのを支援したり、役所へ行くのを助けたりしている。

2. Michi(18歳)
両親とは口論が絶えなかった。万引きしたり、無免許運転したりして 捕まったり、部屋を片付けなかったりした。母の金を盗んだのが 決定的だった。母に 盗んでいるのに気づかれた時、もう家に居られないと思い、クリスマスの前に JUPに来た。
ADHSという障害をもっているので かなり授業料の高い私立校にいっていた。
その学校は 気に入っていたが、10年生の時に落第し 親は授業料の負担が 重くなった。それで 転校した。化学の授業についていけなくなった。
前はADHS障害のためにリタリンを飲んでいたが それを止め、食餌療法に切り替えた。ジャンクフードは食べないようにして、砂糖は少なくした。今では 何時間も集中して本を読める。
ここで他の人と一緒に 生きることを学びたい。それは後のために大事だと思う。
連邦軍で兵役に就くまでの間 働けるように職を探している。
外人部隊に行ってみたい。怠け癖を直すには 誰かに尻を蹴ってもらわないといけない。

3. Lena(20歳)
10歳で煙草を吸いはじめ、13歳で マリフアナを吸い、14歳でヘロインを吸った。
最初の家出は14歳のとき。
麻薬の金は盗んでつくった。
自殺しようとしたことも 何度かある。
15歳の時に47歳の男と知り合った。2年一緒にいて 今もいい友達だ。彼は父親の代わりだ。父との間には いつも問題があったから。
母とは うまくいっている。母との接触は今も多い。
母のお陰で麻薬をやめられた。
もう2年間 麻薬をしていない。今は コーヒーと煙草が 私の麻薬だ。
実はリタリンを飲まないといけないのだが 飲んでいない。と言うのは 気分がひどく不安定で、時に 過動になり、攻撃的になるので。
時々 同じ宿舎の人が 片付けしないのは 気になるし、自分の部屋で煙草を吸えないのも つらい。煙草は台所に吸いに行く。時々 週末に カレシが泊まりに来る。前もって 連絡すれば カレシも泊まっていい。

4. トラボラ(19歳)
アフガニスタンから来た。もう2年ドイツにいる。
きょうだいの内5人はドイツにいる。一人の兄はアフガニスタンにいる。もう一人はインドの大学にいる。
父は長い間 ミュンヘンに住んでいる。
私は4ヶ月間 亡命申請者収容所にいた。
最初 クリーニングの会社で働いた。ドイツ語がうまく話せないので 続かなかった。それから 小売店員として見習いをした。その店で何か資格を取るようにと言われた。
学校へ行きたい。しかし父は働けと言う。それで口論になった。福祉局で この宿舎のことを知った。
警察官になりたい。それが無理なら 警備会社に就職したい。

5. イェスィ(18歳)
5歳の時に母親は再婚した、私は反対だったから 結婚式に行かなかった。7歳で初めて家出し おばあさんの家にいった。10歳の時に おばあさんの ところで1年過ごした。悪いことを色々して 母のところに戻った。14歳の時 継父に殴られ 本格的に家出した。1年間 施設にいた。それから 母は妊娠した。個室をくれると言うので 家に戻ったのに 二人のちいさい きょうだいと 一室で住むことになった。それで母と口論し4週間 母と会わなかったりした。
しかし 問題は母でなく、継父だった。継父はボスニアの回教徒で 厳しい人だ。それで 1月からこの共同宿舎にいる。
4人で一つの宿舎にいるのだから 片付けない人もいるし、他人の分まで食べてしまう人も いるから 口論はするけれど、ここは 気に入っている。しかし もうすぐ 引っ越す。パン焼きの職業訓練を受けていて 毎朝 3時に起きないといけない。そんな時間に バスは走っていないから 一人で 歩いていく。

下記サイトから:
http://jetzt.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/470473/1/1#texttitel 

★ 別のブログにカキコミしたのを貼り付けました。
管理人が同じです。  


Posted by jtw at 19:37Comments(0)

2009年04月03日

食料品を求めて生ゴミを漁る@ニューヨーク

下記サイトに写真13枚:
http://www.stern.de/panorama/:Die-M%FCllschlucker-Leben-Tonne/659118.html

写真1.ニューヨークのFreegansと呼ばれる人たちは 
食料品をゴミ袋やゴミ箱から回収して 食べている。
2. Freegansは反資本主義の抗議団体で、食料品の
浪費に反対し、実地の活動をしている。
3. ドーナツも手に入る。
4. たいていの人は 吐き気を催すが、フリーガンスは
何とも思わない。ゴミ袋の中のものを食べる。
5. この運動の信奉者は たいてい菜食主義者だ。
6. フリーガンスは 巨大食品コンツェルンを基本的にボイコット
している。資本主義経済に抗議するため。
7. 菓子もゴミの中にある。
8. ニューヨークのにぎやかな通りで フリーガンスは店から
出された生ゴミをかき回し、食料を探す。
9. 高級品 鮭のパックもある。
10. 新鮮な野菜も。
12. ゴミの中の食料品は 健康に危険だという批判は
ある。この人は ゴミ容器をかき回す時に ビニル手袋を
して病原菌を防ぐ。
13. 一晩 ゴミを漁った収穫。
  


Posted by jtw at 08:39Comments(0)

2009年04月02日

アボリジニ(オ-ストラリア先住民)写真集・赤い土と黒い皮膚

下記サイトに写真あります:
http://www.stern.de/reise/fernreisen/:Aborigines-Fotos-Rote-Erde%2C-Haut/657486.html

写真1. 古里Parnngarへ。西オーストラリアの砂漠を350キロ 
車で行く。
2. Martu一族は 白人と接触するのが最も遅かった
先住民。一族は60年前に伝統的な遊牧生活から 
切り離された。
3. 80年代になって やっと一族は古里に戻った。
4. 狩りの終わり。ボンネットの上にあるのはエミュ。
5. 20歳の母親と子ども。
6. 野原に火をつけ、狩りをする。焼け跡では 
オオトカゲの穴を見つけやすい。
7. オオトカゲの穴を掘る。
8. 緑の芝生の代わりに赤い土の上で 毎年
サッカー大会が開かれる。
9. 埋葬。Martuの伝統によると 親や直接の身内は 
埋葬に立ち会えない。身内は「嘆きのキャンプ」に留まる。
10. ニュージーランド人のMegan Lewisは5年間 
アボリジニと共に居て、信頼されるようになり、
こんな親密な場も撮影するのを許された。
11. 彼は生活保護の受ける前、牛の牧場で働いて
いた頃が 一番しあわせだったと 言っている。
  


Posted by jtw at 08:26Comments(0)

2009年04月01日

チベット旅行・外国人に解禁

2009年4月5日から 外国人観光客は チベットに入れる
ようになる。しかし 外国人ジャーナリストの入国禁止は
変わらない。
2008年3月から チベットと その隣接の省 Qinghai,
Gansu,Sichuan への入国は禁止されていた。

中国人も一ヶ月以上 チベットに滞在することは許されない。

チベットに入る人は 政府からの特別許可がいる。
1959年3月10日に チベット人は 中国による占領に
反対し、蜂起した。中国政府により制圧され ダライラマと
支持者は亡命しなければならなかった。
下記サイトから:
http://www.dw-world.de/dw/article/0,,4138871,00.html
  


Posted by jtw at 09:56Comments(0)

2009年04月01日

小沢昭一・佐藤綾「綾さん~小沢昭一が敬愛する接客のプロ~」

新潮文庫1983年の刊。その元は 新しい芸能研究室から
1978年に刊行された。と言うことは 古本屋さんにしか 
ないかも知れない。
以下 その抜粋:

「トルコ風呂は 観客一人、女優一人の劇場である」と
考える俳優 小沢昭一は トルコ姉さんに 、今は芸能人が
失ってしまったクロウト芸の神髄を見る。
そこで これまでに 出会ってトルコ姉さんの なかから
 たった一人を選び 彼女の接客の芸を 聞きだす。

芸能家業も 歴史的に「泥水稼業」であった。
泥水の中に 人間、生きとし生けるものの、虚飾のない活気がみなぎって、そこは 創造の泉となった。泥に根をはって、純白にして婉然たる花も咲かせた。
当今の芸能者の生活からは 泥を吸って吐き出して、うろこを黒光りさせて太ってゆく真鯉のような強さも、泥をかぶってじっと寝て、夜になると二本のヒゲを逆立てて浮上する鯰のような智慧、すっかりなくなってしまった。

綾さんは 「やらざるをえない身すぎ世すぎ」のなかで特技を真剣に 
練磨し、カタギ社会とやさしく取引しようとして来た。
その姿に 終始こころ打たれて来た小沢昭一さんは いま、あらためて その綾観世音菩薩に、なにごとの おわしますかは しらねども かたじけなさに ただ 手を合わせて拝んでいるのである。

解説は 文化人類学者 山口昌男先生。
その解説によると 1980年に「見世物の文化人類学」という国際会議が 筑波大学で開かれ、特別講演として小沢さんが「トルコの世界」という演題で話された。
外国人の学者に トルコ風呂が 社会的コミュニケーションの「桃源郷」であると映ったらしい。
綾さんは バーのホステス時代に ママから 客の喜ぶことなら なんでも すること、従って そのような意味で役者を見習うことを教えられる。こうした訓練を通じて客がホステスに何を求めて きているのかを 考える緒口を与えられることになる。
「綾さん」は インタビューによる個人誌(史)の記念碑的著作として後生仰ぎ見られるであろう。
  


Posted by jtw at 09:14Comments(0)