2008年10月14日

ダライラマ退院延期

胆石の手術のあと13日(月)に退院する予定だったが
水曜か木曜まで入院しているとニューデリーの病院は述べた。
73歳のダライラマは 退院後 1週間 ニューデリーに留まり
その後 北インドのDharamshakh帰り 宗教活動を
再開する。
下記サイトから。ダライラマの近影もあり。
http://www.n-tv.de/Genesung_dauert_noch_Dalai_Lama_bleibt_im_Hospital/131020083918/1037319.html  


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2008年10月13日

海賊園芸家(ゲリラ園芸家)@イギリス・ドイツ

ゲリラ園芸は70年代にニューヨークで始まった。
その後 ロンドンでRichard Reynoldsは道端に花を
勝手に植え、不法園芸は復活した。許可されない
のは分かっていたので 夜に苗を植えた。Richardは
5年たって、guerillagardening.org  と言うサイトで 
ゲリラ園芸のコツを知らせている。イギリスの議事堂前
のヒマワリやロングビーチの路肩の多肉植物も紹介されて
いる。彼は本も出した。

ベルリンでは80年代から ゲリラ園芸家は 三色スミレや
菊などを 路肩や安全地帯に 夜に植えてきた。ドイツ
でも不法だけれど 警官も黙認している。
小さい花壇は目立たないし、たいていの花は数日で
枯れる。店や家の前の アスファルトと木の隙間に 
花を植えるのはよく見られる。
ゲリラ園芸は組織的な運動ではない。好きな人が
勝手にやっている。
ベルリンには2500の緑の施設やレクレーション施設がある
から、不法に植えられた三色スミレは目立たない。
植えられたサラダ菜を盗む人はいるが、植えた人との
間に 争いになることもない。
下記サイトから:
http://www.zeit.de/online/2008/38/guerrila-gardening?page=1
  


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2008年10月12日

パレスティナの国境地帯で

エルサレムの近くのチェックポイント(検問所)で老女は
食べ物を買ってきた帰りに 袋を開けなければ 
ならなかった。イスラエルの兵士は 袋の中の野菜、果物
などすべてを つかみ出していた。
Michalは 2年間「検問所監視」という組織で働いている。
これはイスラエルの女性組織で、8年前に作られた。
検問所で何が起きているかを 自分の目で見ようという
趣旨で作られた。今 400人の女性が働く。
彼女たちは 監視し、写真をとり、争いが大きくなると
(必要なら)介入する。
Michalは21歳でテルアビブの映画館で働いている。
Shiraは27歳で 地理と歴史の大学生。
二人は週に何度か 検問所へ行き、
machsomwatch.org というサイトに報告する。
(これはヘブライ語なので 自動翻訳ソフトで英語に
でも直して 読んでください)。

二人はテレビで見られないようなことを 見ることができる。
約400万人のパレスティナ人が国境地帯に住み、その
大半は毎日 少なくとも 一つの検問所を通らなければ
ならない。仕事に行ったり、身内に会いに行ったり、
医者へ行ったりするために。
妊婦が病院へ行く途中に 検問所で待たされて 
検問所で子どもが産まれることもあるし、死産もまれでない。

この組織は平均30-50の検問所で監視している。
Shiraはエルサレムと西岸の間にある検問所 三ヶ所か
五ヶ所へ週に2回 行く。
若い学生が大学へ行く途中だと 長い間 検査される。
若くて、パレスティナ人で、男だと テロリストだと見られ
るのだ。大学へは遅刻する。学生は 夏は暑いミニバン
の中で待たされ、冬は寒い戸外で待たされる。
イスラエルで国土防衛のためだと考えられていることに 
この組織は批判的なことを しているのだから、
恨まれてもいる。
MichalはNablusの近くの検問所へ行く。兵士は
この組織の女性が検問所に来ると怒る。
彼女は 兵士は仕事で しているだけだと思う。
年配の司令官が この組織を誉めて、「この組織が
あるから、若い兵士を少しは コントロールできているのだ」
と言った。

テロに対抗するのだと言って していることが イスラエル
の道徳を無くすことに なっているのではないか。戦争
だからと言って 人権についての感受性を無くすことは 
できないだろう。とShiraは思う。
イスラエルの占領政策の結果を見れば、占領政策を理解
できるのかも知れないと 彼女は思う。だから 国境を
越える時に起きることを 知るのが 大事なのだ。
下記サイトから:
http://jetzt.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/448886




  


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2008年10月11日

幽閉2322日・ベタンクール@コロンビア

元コロンビア大統領候補者 イングリッド・ベタンクール(47歳)は
ジャングルの中で6年間 囚われていた。2008年7月2日に 
コロンビアのゲリラから解放され ヒロインになったが かっての
友も 何もかも もう残されていない。
夫とも かつて共に大統領選挙を闘った女性の親友とも 
疎遠になっていた。

彼女はコロンビアの外交官の娘で パリとボゴタで育った。
パリ政治学院という超有名校で政治学を専攻した。

2002年に現大統領に対抗し、勝ち目の無い選挙にでた。
副大統領候補は Clara Rojasだった。

Clara(43歳、法学者)も2002年2月に誘拐された。
誘拐されている間に ゲリラの男との間に 男の子を
産んだ。ベタンクールよりも 7ヶ月早く 2008年1月に
解放され、その3日後 3年ぶりに息子に会った。
息子は2005年の初めにゲリラに連れ去られていた。

コロンビアの悲劇は終わっていない。「誘拐の声」という
ラジオ局によると コロンビアには まだ4200人が誘拐
されている。「自由の国」という支援組織によると
2800人が誘拐されている。
革命軍は 麻薬の取引で 活動資金を調達している。
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/26571
  


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2008年10月10日

1日に千人の難民・南イタリア・ランペドゥザ島に上陸

10月8日発:
シチリア島の南、マルタ共和国の西にあるランペドゥーザ島に
700人用の収容所があるが、千人の難民で 崩壊
寸前だ。
約500人の難民はシチリア島の難民センターへ送られる。
難民は どの国の出身か今のところ 分からない。
難民の中には 多くの女性と子どもがいる。
彼らを乗せていた船12隻はすべて リビアから出港している。

毎年 数万人の難民が 北アフリカから 地中海を渡って
来る。夏の間に 多くの人が 海を渡るには適さない船で
危険にも かかわらず 渡ってくる。
下記サイトから:
http://www.n-tv.de/1000_Fluechtlinge_an_einem_Tag_Lampedusa_vor_dem_Kollaps/081020081614/1034870.html  


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2008年10月10日

故豊澤雛代 一周忌 追善素浄瑠璃会

2008年11月2日(日) 12.30会場、1pm開演。
国立文楽劇場 小ホール
入場料 3000円。

勘平腹切: 雛子、雛文。
ご挨拶: 山田桂子。
壷坂観音霊験記:  綾春、寛輔・寛也。
蝶の道行: 友香、雛子、綾二、綾春。
       雛司、雛文、寛也、寛輔。

以下 師匠の姪御さん 山田桂子さんの ご挨拶の一部です:

幼き頃より 義太夫の道に入り 最後まで 芸道一筋を
歩んだ 亡き雛代に捧げる追善会を 終生の友、綾春お師匠様
はじめ門弟一同の皆様達が 今 心を一つに勤めます
  


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2008年10月09日

イスラム教学者の説:モハメッドは存在しなかったのではないか

ドイツで初めてのイスラム教神学の教授
ムハマドSven Kalischは 預言者モハメッドは実在したか
どうか疑わしいと公言したため 非難されている。
具体的な脅しは無いが、信仰に背いたという間接的な
非難はある。背信は イスラムの伝統的見解によると
死刑になる。
預言者は存在したかもしれないし、しなかったかも
知れないというのが、私の見解だ。存在しなかったという
考えに 傾いてはいるが。

イスラム教徒がそれに関わるか あるいは 伝統的な
形で硬直化するかだ。

ドイツのイスラム教神学の教授であるということは、
イスラム教指導者を養成するということだ。
私の講義では イスラム教をすべての領域で 
明らかにしていくという努力をしている。もし神学が 
基本的な信仰内容の背景を探ることを 許されないなら、
神学に意味はない。

初期イスラム教について長年 分析した 論証は 
まもなくインターネットに公表され、来年 本にされる。

7世紀にアラビア人はイランとビザンチンから 解放され 
独自の国を建てた。このアラビア人はキリスト教徒だった。
ここで キリスト教のアラビア的変種が展開した
のかも 知れない。

宗教を 人に多くを与える 霊的な伝承として把握
している。しかし 宗教は 新しい認識に直面すれば 
批判的に その背景を探る必要がある。
宗教は 松葉杖のようなものだ。役に立つが、
松葉杖なしで 歩けるように なった方がいい。
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2008/41/P-Kalisch?page=1
  


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2008年10月08日

高級住宅街に住むホームレス@ベバリヒルズin LA

ベバリヒルズの街路で約30人のホームレスが生活している。
彼らはロスアンジェルスの多くの貧しい人々よりも
いい生活をしている。
彼らはお金をいただき、アクセサリーは路上で拾い、
空き家に隠れ住むこともできる。
ロスアンジェルス市に約74000人のホームレスがいる。
アメリカの他の都市よりも多い。
ベバリヒルズの住民は裕福で ホームレスに食事や服をあげる。
市役所は ホームレスに治療の場や宿泊所を世話するが、
大半のホームレスは 路上で暮らすことを選ぶ。
「ベバリヒルズのホームレスは 人様に敬意を表しなければ
ならないし、阿呆な振る舞いをしては いけない。廃人の
ような身なりをすると、警察が呼ばれる。ここの
ホームレスは身分が高いのだ」とホームレスの一人は言う。
下記サイトから:
http://www.heute.de/ZDFheute/inhalt/20/0,3672,7380468,00.html
  


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2008年10月08日

山之内重美さんNHKラジオ深夜便で語る

ロシアの歌の歌手、女優、ロシア演劇とロシア歌謡曲の
研究家 やまのうち しげみさんは 10月7日と8日の
朝4時過ぎから30分ほど NHKラジオでインタビューを受けました。
下記は ウィキペデ゙ィアの山之内さんの項目です:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B9%8B%E5%86%85%E9%87%8D%E7%BE%8E

ロシア民謡と ひとくくりにして日本で呼ばれている歌の
ほとんどは 歌謡曲であり、作詞家・作曲家の分かって
いるものだそうです。
そういえば 江差追分などとは ずいぶん違うし、あれは
民謡でなかったんだと 納得しました。

★ むかし 早稲田のロシア演劇の野崎先生が 非常勤で
一こま 教えに来てくださっていて、先生のご都合で
ある日に 当時 院生だった山之内先生が代わりに
来てくださったことが ありました。休講にすれば 済むものを
お二人とも 熱心な先生だったのです。
三十数年前に 代講に来てくださった頃、山之内先生は
俳優の修行と大学院での勉強とアルバイトに たいへん
忙しかったと言うことを このラジオ インタビューで知りました。
当時は 山之内滋美という芸名でした。
今 早稲田と中央大学でも 教えておられるそうです。

ロシア一筋に 一所懸命のご努力を続けられ NHKに
2日続けてインタビューを受けられ、まことに有難いことです。

古い記憶は蘇るものの ようで、長生きはするものです。

「NHKラジオ深夜便」という雑誌を本屋で見たことがあります。
ひょっとしたら この対談も活字になるかもしれません。
  


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2008年10月07日

ホモinドイツ/同性愛への寛容度はまだ低い

ホモへの差別を少なくし、ホモの社会参加を進める闘いは
進んでいるけれど、ホモはまとまっていて、ホモのスポーツクラブは
あるし、ホモ専用ネット検索エンジンもある。ホモのテレビ局も
できる。なぜ そういう引きこもり空間を作るのか?

ゲイとレズのためのスポーツクラブのチアリーダー・グループは
毎週 青少年センターで練習する。チアリーダーと聞くと 
普通は若い女の子が踊るのを期待するが、この
グループでは25-45歳のゲイが踊る。 
41歳のクラウスは チアリーダー・グループに入る前、ゲイの
クラブで空手をしていた。
ゲイのスポーツクラブでは みんな意見が通じ合えて
安心感をもてる。ゲイへの差別が少なくなり、社会統合が
進んだとは言え、一般社会では 安心感は少ない。
ゲイの間では 相手が異性愛の人かも知れないという
心配をしなくて済む。
多くのゲイやレズは 自分たちだけに なりたいのだと
「ドイツレズホモ連盟」(LSVD)の広報係は言う。
同性愛であることは 今はもう 社会的タブーではない。
しかし 多くのゲイは 毎日の生活で 拒絶にあっている。
ドイツでは 他の国よりも進んでいるが、ゲイの社会統合
はまだ 実現していない。ゲイは少数派なのだから、
常に 自分のことを説明する必要を感じるゲイは多い。
だから彼らは同性愛の場に引きこもる。
11月1日にTIMMという同性愛のテレビ局ができる。
ゲイの男達を視聴者に想定している。午後8時15分の 
視聴率のもっとも高い時間に 5万人の視聴者を
見込んでいる。もう一つの生活の現実を表現し、
同性愛を当然のことと受け止める考え方を 広げることに 
このテレビは貢献したい。若い同性愛の人を支える
ことにも なる。
ゲイのチアリーダー・グループと同じことを このテレビ局は
するのだ。主流の社会に対して、別の生活もある
ということを 示すのだ。
下記サイトから:
http://www.dw-world.de/dw/article/0,2144,3681771,00.html

  


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2008年10月07日

ドイツ中国間貨物列車運航開始

南中国のXiangtangから 真北に上り 北京へ、そこから
モンゴル、ロシア、ポーランド経由で ドイツのハンブルクまで。
世界最長のコンテナ列車走行が始まった。片道17日かかる。
今 走っているところです。
コンテナ船に対抗する。

Xiangtangは おそらく長紗の南にある町 湘潭?
下記に動画あります。
http://www.tagesschau.de/wirtschaft/eurasiaexpress100.html

  


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2008年10月06日

ベトナム人プオンの夢inドイツ

プオンは1981年に東ドイツに来て、大きい厨房で
働くことになった。88年に子どもを産んだ。出産は
非合法だった。
92年にロストックで荒れた右派の暴徒は怖かった。
2005年に大学を出た。

45歳の誕生日に彼女はドイツ人の男の友達と ロストックの
立派なレストランで朝食を食べることにして、一番良い服を
着てロビーに立っていたら、他の客の軽蔑するような
視線を感じた。27年ドイツに住み、大学をでて、ケースワーカー
として働いている。税金も払っているのに いつまでも
異物・ベトナム人なのは 辛い。

今 約24000人のベトナム人が旧東独にいる。
1981年に ベトナムで医学部へ進学するのを止め、
東独に来た。最初の職場は港の労働者のための
大きい厨房だった。5人のベトナム人と一緒にアパートに
住んだ。シフト制の職場で、月給340マルク。2年に一度 
大きい箱を古里へ送ることが許されていた。砂糖、
石鹸、編み機、自転車などを送った。

東ドイツは1980年からベトナム人労働者を受け入れていた。
賃金の12%は ベトナム政府へ支払われた。
「技術協力会」(GTZ)の2007年の調査では 「外国人
労働者は会社の寮に住み、監視されている。管理は
生活の全領域に及び、そのために孤立感は深くなる」。

彼女は労働契約を2年延長したあとで、ドイツ人男性を
好きになり、結婚して 子どもを産みたいと思った。しかし 
結婚証明書に 両親の同意が要ると ベトナム大使館は
言った。両親が同意するとも思えず、ドイツに留まる
ために妊娠する他なかった。
ベトナム政府と東独との契約では ベトナム留学生は
東独滞在中に子どもを産むことは 許されていなかった。
妊娠6ヶ月になり、中絶できないようになって 
初めて妊娠を打ち明けた。
1989年9月に結婚した後 プオン夫婦はベトナム大使館に
8060東独マルクを支払わねばならなかった。プオンが
契約違反したことと、ベトナムへ帰らなかったことへの
罰金だった。大金だった。夫はステレオと単車を売り、
彼女も稼いだ。
その1ヶ月後に ベルリンの壁は壊された。これで 
良くなると確信した。
東西ドイツ合併の後、元東独にいた6万人のベトナム人
の半数以上は ベトナムへ帰る旅費の補償金として
3000マルクを受け取った。
合併の頃は ベトナム人の野菜売り、古着売り、密輸の
煙草売りが多かった。
1992年にプオン夫婦は ロストックの近くに居酒屋を開いた。
昼間は幼稚園の炊事場で働いた。

90年代の中ごろ ロストックで 外国人排斥の動きが
激しくなり、彼女は 自分と ドイツにいる他のベトナム人
のために闘うことにした。ベトナム人と他の国からの
移民を組織する協会をロストックに作った。
教育、ドイツ語教室、社会生活のための助言、
東部ドイツに増えている外国人への憎しみとの
政治的対決などを 協会は提供している。

プオンは離婚し、2000年に幼稚園や少年福祉センター
などの業務を研究する学問を 大学で専攻し始めた。
2005年に卒業した。娘は一人で育てた。娘は大学
入学資格試験に合格した。
若い頃の夢は実現したと思う。
下記サイトから:
http://www.stern.de/politik/panorama/:Vietnamesen-Deutschland-Phuongs-Traum-/637993.html  


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2008年10月05日

世界子どもの日inビルマ

2008年5月2日にミャンマーをサイクロンが襲った時に 
約85000人が死に250万人が家を失った。
7歳のNwayは この日に家と両親と きょうだいを失った。
9月20日の国際子どもの日に Nwayはまた学校へ行ける
ようになった。

Nwayはいつもサイクロンの来た日を思い出し 避難所の
職員にそのことを語る: 夜 何時間も風と雨が荒れ狂い、
村のたいていの家の屋根が飛ばされた。水は5フィートの
高さまで来た。嵐は一時 おさまって いたのに、
夜中にまた嵐が来た。
家は壊れて 叔父さんが 村の長老の家へ連れて
行ってくれた。百人以上も その家に集まっていた。
夜が明けた時、村で残っているのは その家だけ
だと分かった。400人の村人のうち、1/4は死んだ。

数百の水源は汚染され、数えられないほどの田は
使えなくなった。百万人の子どもは 援助を頼りに
生きている。
World Visionとユニセフという国際援助組織のお陰で 
学校としての仮小屋が建てられた。テントの学校は千、
学校教材の袋は10万個、ビニールシートは20万枚 用意された。
Nwayも 鉛筆、紙、教科書、制服をもらった。
下記サイトから:
http://www.stern.de/politik/panorama/:Weltkindertag-Myanmar-Eine-Schule-Nway/639700.html
  


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2008年10月05日

イグ・ノーベル賞受賞研究・偽薬は高価なもの程効果がある

このハーバード大学の賞に 賞金はないし、授賞式に出席する
旅費も自己負担なのに、この賞は最も有名な科学賞の一つ。
余計な研究や奇抜な研究を顕彰する。

今年の受賞研究の内のいくつか:
ニューメキシコ大学の研究者は女性の月経周期を確定する方法を
見つけた。この方法は しかし ストリップディスコの踊り子に
だけ機能する。排卵の時期は 渡される金の額によって
導きだされると言う。この経費のかかるフィールドスタディに
よる発見をした男性研究者たちに 経済学賞が贈られた。

生物学賞は獣医師のグループに贈られた。犬の蚤は
猫の蚤よりも平均20センチ 飛ぶ距離が長いことを 
つきとめた。

化学賞は 台湾とアメリカのまったく異なる結論を
引き出した二つの研究グループに贈られた。一方の
グループはコカコーラは殺精子剤に向いていると言う
結論をだし、一方は 逆の結論を出した。

医学賞を受けたのはアメリカのデューク大学の学者で、
様々な偽薬の効果を調査し、高価な偽薬ほど 
よく効くことを示した。
下記サイトから:
http://www.tagesschau.de/schlusslicht/ignobel100.html
  


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2008年10月04日

少年刑務所inドイツ

Baden-Wuertemberg州のAdelheimにある
少年刑務所は430人を収容し、ドイツで3番目に
大きい刑務所だ。
14-23歳の男を入れる。
平均服役期間は11ヶ月。
服役者の犯罪は:
窃盗30%、麻薬依存30%、傷害18%、強奪14%、
殺人と性犯罪が少し。

パトリック 18歳:
傷害と暴力によるゆすりで4年半の刑をうけた。
毎日 朝はパンが出て、今日はヨーグルトもついた。
所内で旋盤工として働く。1時間1.51ユーロ(2200円)の
賃金がもらえる。
彼女は学校へ行っている。まともな女の子だ。
パトリックもまともになりたい。

Michael 18歳:
暴力によるゆすりで 2年半の刑に服している。
ヘロインに毎日100ユーロ(14500円)要った。
16歳で判決が出た時に 15歳の彼女は妊娠2ヶ月
だった。服役中に子どもがうまれ、赤ちゃんはDVDで見た。
服役中 労働することは許されていない。時間があるので 
毎日 彼女に手紙を書く。

Abdu 22歳:
傷害罪で2年半の刑に服している。1週間後に出所する。
8.5平方メーターの独房の壁に 世界地図がかかっていて 
トルコが赤く塗られている。古里だ。いつか戻りたい。
服役中に実科学校を終了したという証明書と成績証明は
彼には 大事なものだ。
以前は 毎晩 飲み歩いて 一晩に500-1000ユーロを
使っていた。母親のクレジットカードで払っていた。
出所したら 大学入学資格試験を受けて、大学へ
行きたい。酒を飲むと 別の人になってしまうので、
もう酒はやめる。
下記サイトから:
http://www.spiegel.de/schulspiegel/leben/0,1518,579015,00.html  


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2008年10月04日

白熊クヌートの飼育係トーマスの母親は語る@ベルリン

44歳で急逝したトーマスさんの母エーリカさん(71歳)が
息子の思い出を語る:

トーマスは誰もが欲しいと思う息子だった。
動物にも人にも優しかった。
彼は膀胱癌も治り、競争用自転車に乗ることに
していた。彼は自分が死ぬとは思っていなかった。
毎週 彼は7歳の養子(恋人の息子)を連れて うちの
庭へ来てくれた。
歳の離れた姉が二人いて、姉にとって人形のような
弟だった。みんなに可愛がられた。
クヌートと一緒に居て 彼は心をうちあけることを学んだ。
告別式の日は未定。10月13日が彼の誕生日なので 
その日になるかも知れない。
多くの方々が気にかけてくれて、深い悲しみを持って
くれているのが せめてもの 慰めになっています。
下記サイトから:
http://www.bild.de/BILD/berlin/aktuell/2008/09/26/erika-doerflein/spricht-ueber-ihren-sohn-thomas.html
  


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2008年10月03日

「もう一つのノーベル賞」・Monika Hauserに。

ケルンの女性医師 モニカ ハウザーは2008年の
Alternativer Nobelpreisを受賞する。

戦争地域の強姦された女性のために尽力している。
スイスに生まれ イタリアのパスポートを持つ南チロルの人。
ボスニアで戦略として 組織的に大量強姦がされたという
記事を読み、その1年後に ボスニアのZenicaという町に
治療センターを建設し始めた。その後 戦争国や
危機的な国(アフガニスタンやコンゴのような国)に活動を広げ
medica mondialという支援組織を設立した。

今年のこの賞の受賞者はソマリアの女性権者 Asha Hagi,
アメリカのジャーナリスト Amy Goodman、社会正義に
尽力しているインドの夫婦 Jagannathanとその組織LAFTI。

ドイツで「もう一つのノーベル賞」として知られるこの賞は
Right Livelihood Award という名前で、27年間 
人権、平和、環境保護、社会正義、貧困との闘いに
尽力した人や組織を顕彰している。
今までに 56カ国 125人が受賞した。
下記サイトから:
http://www.heute.de/ZDFheute/inhalt/14/0,3672,7383886,00.html
  


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2008年10月03日

白熊クヌートの育ての親トーマスさんの恋人は語る

トーマスは心筋梗塞で44歳で急死した。
ダニエーラさん(36歳)はBild誌のインタビューに答える:

今日 何曜日か、何時か、もう食事をしたのかも
分からない。ただ泣いている。髪を短くした。数キロ痩せた。
7歳の息子が支えだ。働きにも行けなくなった。
昼間は トーマスが贈ってくれた犬と過ごしている。

数日前に 私の36歳の誕生日を祝って、結婚のことを
話し合った。春に結婚したいを思っていた。
2年前にカラオケバーで知り合った。
私の息子を自分の子のように可愛がってくれた。
学校へも迎えに行ってくれた。
月曜日に彼は学校へ迎えに来なかった。夕方 
警察の車が家へ来て、彼の死を知った。
彼は80歳まで 生きたいと言っていた。二人で
毎日 庭に座って コーヒーを飲んで ケーキを
食べたかった。トーマスが幸せなら 私も幸せだった。
彼には 熊のクヌートを通じての女性ファンが 
多かったけれど 何も心配していなかった。

死ぬまで二人は一緒だったし、あの世で また会える。

下記サイトから:
http://www.bild.de/BILD/news/vermischtes/2008/09/29/thomas-doerflein/seine-grosse-liebe-daniela-spricht-ueber-den-eisbaeren-papa.html
  


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2008年10月02日

赤ちゃん白熊クヌートの写真集@ベルリン

ベルリンの動物園の飼育係トーマスさんは44歳で
先月 急逝されました。
熊のクヌートとトーマスさんの写真を Bild誌の読者が
Bildへ 数百も送ってくれた。
下記サイトに54枚の写真があります。
Voting というところをクリックして、好きな写真に
投票する仕組み。
http://www.bild.de/BILD/news/leserreporter/2008/10/02/knut-voting/der-leser-reporter.html  


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2008年10月02日

燕をハンガリーから南へ空輸/渡り鳥、飛行機に乗る

9月22日発:
ハンガリーの動物保護団体は千羽以上のツバメを
チュニジアとトルコへ空輸する。
そこからは 自力で いつもの目的地・越冬地
エチオピアへ飛んでいくだろうと期待されている。
異常寒波の襲来のため 20度以下の寒気と雨が
続き、餌になる虫が ほとんど 見つけられなくなった
ため、ツバメはたいへん弱っている。
数千のツバメはアスファルトの路上や 建物の中に
暖かい場所を求めている。
無力なツバメに 小麦粉につく虫(小鳥の餌)や
キャットフードや ゆで卵にカテージチーズを混ぜたものを
やってほしいと 保護団体は 言っている。
ハンガリーで近年 ツバメの個体数は著しく減っている。
下記サイトから:
http://www.n-tv.de/Zughilfe_per_Flugzeug_Schwalben_in_den_Sueden/220920080311/1026888.html  


Posted by jtw at 18:54Comments(0)