2008年01月12日

章 子怡Zhang ziyi映画女優@中国・里親制度を支援

章 子怡(Zhang ziyi)は「獲物を狙って屈む虎、隠れた龍」に主演した。
章は英国のソーシャルワーカーと協力して 多くの孤児のために
里親を見つけられるように努力してきた。
子どものケア Care for Childrenという英国の社会福祉組織が
中国での 里親による養育の開拓者になっている。
社会福祉事業が生まれた ばかりの中国で 章子怡の尽力は
変化をもたらす要因になってきた。

「子どものケア」の創始者 Robert Gloverが10年前に上海に
着いたとき、中国に里親制度はなかった。Gloverは 英国政府の支援
と中国の許可を得て、上海市当局の運営する孤児院に 里親による
養育事業と 子ども養育の研修を 始めるように 勧めた。
今では この組織は北京に移転した。中国の民政プログラムの支援を
うけて事業を拡大することを考えている。

受け入れられた里子の数は数万になった。
里親は小額の補助金を受けとる。この補助金があるので 既に一人の
子どもをもつ貧しい夫婦も 孤児を引き取ることができる。
儲かりは しないが、赤字には ならない程度の補助金だ。(日本
でも 里親への措置費といわれるお金は その程度です。)

10歳の Li Hubinは 南西部の町 Chengdu 成都に住む。
Gloverが始めて会ったとき Liは1歳で 脳性マヒのために
ほとんど動けなかった。3歳で里親に引き取られた時 Liはほとんど
何もできなかった。しかし今 ピアノも弾ける。
章 子怡はLiに会って 励ました。障碍をもつ孤児が 里親に迎えられる
機会は少ない。トップスターの支援は 有難い。

◎以上 The Daily Yomiuri 2007年12月23日から。
(もとは The Timesの記事)

★有名タレントが 金と宣伝効果を提供してくれて、口を出さない
というのが いいです。
  


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2008年01月11日

和歌山市大川地区・昔栄えた港/法然ゆかりの素朴な地

ぶらり紀の国 読売新聞 2007年12月23日

和歌山市大川地区

法然ゆかりの素朴な地

和歌山市・加大方面から大川峠の下を通る長いトンネルを
抜けると、海の向こうに阪神間の高層ビル群がうっすらと
見えた。
大阪との府県境まであと数百メートル、大川地区は、県内では
珍しく大阪湾が見渡せる。江戸時代から残る本瓦ぶきの家
や塀の間を、路地が縫うように走る。かつては商港と
して栄えたが、現在は17世帯、約40人が暮らすのみだ。

 地元で旅館を経営する北野一榮(かずしげ)さん(56)
の案内で坂を登り、法然上人ゆかりの「報恩講寺」を訪ね
た。本瓦屋根の仁王門は1764年建立で総ヒノキ造りの2階建
て。唐風の建築様式が見られ、軒先には龍や波の彫刻が施さ
れている。本堂は2001年に建て替えた。正面に第10代
紀州藩主・徳川冶宝(はるとみ)筆の額が掲げられている。
「徳川家とご縁が深かったようで、位牌もたくさんあります」
と、中西教恵住職。「大川峠より北のこの地域が、和歌山側
になったのは、この寺が藩主、徳川家の祈願所たったなごり
と伝えられています」と話してくれた。

 四国の流罪が許され、京に戻る法然が1208年、嵐に遭い、
大川近くの浜に漂着。村人の厚いもてなしに喜んだ法然は、
帰らずとどまってほしいと願う村人のために、桜の木で
自分そっくりの像を彫った。村人はこの像を安置する
ため、報恩講寺を建てた、と伝えられる。

 この像には、少し違った言い伝えも残っている。石野好恵さん
(87)が教えてくれた。法然が彫った像は、本人そっくりな
だけでなく、人と同じように動いた。法然は引き留める村人の
前でどちらが本物か見分けてみよ。本物を切りつければ
血が流れるはずだ」と言った。村人一大決心をして片方に切り
つけると、座り込み、動かなくなった。「村人が本物を見破れず、
像に切りつけたので、怒って帰ってしまったんやと」。

 千石船が立ち寄り、商港として栄えた江戸時代、石野さんの祖先
も、参勤交代の紀州藩の荷物を運んだ。「廻船問屋が千両箱を積み
上げ、高さを競ったそうやよ」と言う。石野家には、紀州藩お抱え
の絵師が書いたふすま絵や、嵐で荷物が流出した時の始末書も残っ
ているという。集落を流れる川にかかる「嘉永橋」は、1854年、
石野さんの先祖が架けた。橋げたまですべてが重厚な石造りで、今
も現役だ。

 石野さんの長女森和子さん(67)は、和歌山市の中心部から
4年前に大川に帰ってきた。「田舎の暮らしや家の管理は大変
だけれど、やっぱりここが一番落ち着く」。

 写真を撮っていると誰もが「よう来てくれはった」と気さくに声
をかけてくれる。多くの人に親切にされ、暗くなるまで時間を忘れ
ていた。法然が後ろ髪を引かれる思いで像を彫った気持ちが分かる
ような気がした。  (東礼奈)
      
 メモ 南海みさき公園駅から同町内循環バス(1時間に1
本)で約25分、小島住吉で下車し、徒歩12分。または、南海和歌
山市駅から和歌山バス(1日2本)で約40分、深山で下車し、
徒歩約30分。報恩講寺で朱印の押印を希望する人は要予約
(Oワ3・459・0185)。港は釣り客らでにぎわい、旅館「大川別館」
でけ新鮮な魚貝類が味わえる。


橋げたまで石組みで頑丈に造られて
在も市民の生活に寄り添う嘉永橋。
現在も市民も生活に寄り添う橋として親しまれている。

★写真の取り込み方が 分からないので また あとで。
  


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2008年01月10日

攻撃的な少年は信頼できる大人によって屈服させられたい

こどもと青少年の精神科医Wolfgang Bergmannが
治療について語る。「不安・心配なしの規律」という本の著者。

暴力的青年・子供の経歴書に見られる誘因には二つがある。
1.幼い頃のトラウマにある暴力やレイプ。これらのこどもは
権威や規律では手助けできない。

2.もう一つの比較的安定した家庭の子どもの暴力の増加は
不可解である。そういう子どもの経歴書には 奇妙な矛盾がある。
それは甘やかされてきたことから 起きる。

甘やかされた子供は家族の中心にあり 全ての望みは叶えられた。
幼稚園に入ると 家庭の中と同じに いかないので 幼稚園で
目だってしまう。思うように いかないので 幼稚園でこぶしを
振り回すことになる。家ではテレビの前に張り付く。

こういう子どもの怠惰には 拒絶の気持ちがこもっている。
拒絶されたことへの怒りが 自分の価値が低下したという
気持ちに続いて起きる。
甘やかされて育ち そのうちに挫折する。どんな子も 
こういう残忍な経過に耐えられない。10-12年も経つと 
こどもの怒りは ついに 際限がなくなる。怒りは 心の中に
向かうか 外へ向かう。
怒りが心の中に向かえばウツ状態になる。

暴力に暴力で対抗するのは良くないし、暴力に感情移入や
寛容の精神で立ち向かうのは 滑稽である。その子どもの
幼い頃の 隠された動機を 探るのも無駄である。動機は 
身体の無意識の奥深くにある。それを意識することは 
できない。

Bergmann医師のもとで治療を受ける 重症の少年は 
優れた大人によって屈服させられたいという気持ちを
もっている。子どもにとっての「権威のある大人」は信頼できる
人でなければならない。
賢明な教師や精神科医の 言葉、身振り、特に眼差しは 
少年にとって 意味がある。大人のもつ平静さは 少年の
不安な気持ちにとって 安全な場の ように思われる。
下記サイトから: 
http://www.welt.de/meinung/article1531644/Agressive_Jugendliche_wollen_bezwungen_werden.html
  


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2008年01月08日

学校での暴力@ドイツ

学校での犯罪行為は全体として減っている。その代わりに
暴力への緊急待機は増えている。
特に危険な傷害事件、暴力的な撮影、教師や生徒への
脅迫は増えている。
犯罪者は残虐になり、若くなっている。
学校が平穏になったのは 学校側が通報態勢を
整えたのと 青少年局の職員が学校に派遣されるように
なったからであると、記者は考える。

以前は 学校の理事は事件を外に出さなかった。学校の
評判が悪くなるのを心配したからである。今では学校と
警察のコミュニケーションはずっと良くなっている。
Thomas Schmalfussは青少年局の職員で 
15校を11年間担当してきた。週に4-5回 学校から
電話がかかってくる。学校で事件があったからである。
10-11歳児が暴力行為をするようになっている。
犯罪行為をこどもが撮影し インターネットに載せたりする。
こどもは 14歳までは 何をしても罰せられないと思って
いて、不正をしたという認識はない。
規則や規範を示せない家庭から しばしば犯罪人がでる。
青少年局の職員が もっとも多く通うのは 本課程校である。
これは5-9年次の生徒がいて、ギムナージウムなどに
進学しない生徒が通う学校である。
青少年局の職員の主な仕事は 予防業務・講演・反暴力訓練
(麻薬・恐喝・言葉の暴力・身体への暴力に対抗する訓練)
などである。
権力をかさにきた嫌がらせ、悪知恵、心理的テロのような
「見えない暴力行為」は 悪い影響を与える。こういう暴力を
受けた生徒は じっと耐えるだけで、苦しみを立証できない。
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/muenchen/artikel/377/151000/
  


Posted by jtw at 21:52Comments(0)

2008年01月07日

減るドイツ語専攻学生@日本

5年ほど前の先生Jappさんは 今もHanburg大学日本語科で
研究しておられます。
Jappさんからの年賀メールに 下記のように書かれております。

Gestern war in der "Welt" ein langer Artikel über
Deutschlernen in Japan. Im Moment lernen nur
noch 4500 Japaner Deutsch in Japan
(vor ein paar Jahren waren es noch 20 000). Die Zahl ist
leider sehr stark zurückgegangen. Englisch wird auch
in Japan immer wichtiger, deshalb lernen immer mehr
Japaner jetzt wohl Englisch und nicht mehr Deutsch.

Weltという雑誌だか新聞だかに でていた記事によると 日本での
ドイツ語学習者は4500人。
2-3年前は まだ2万人いた。英語が 日本で重要性を増していて 
日本人は英語を学びたがり ドイツ語の習う人は 減っている。

★ という記事ですが、この数字は 大学のドイツ語科 ドイツ文学科に
いる学生数だと思います。もし日本全国で ドイツ語を習う人が
こんなに少ないのだとしたら、独和辞典はもう改定されず、新しいのは
編集されず、和独辞典は さらに絶望的です。

   


Posted by jtw at 08:24Comments(0)

2008年01月06日

大麻・マリフアナ・ハシッシュ依存少年の援助

★下記の記事に出てくる大麻と マリフアナ(インド大麻)と
ハシッシュ(インド大麻から作る麻薬)の区別は blog管理人
には 分からない。この麻薬中毒少年の相談所はどの市に
あるのか 書かれていないようです。と言うことはメディアの
発行地 フランクフルトだろうと思う。


非行少年は 授業をさぼるし、もし学校へ来ても授業妨害
をする。それで 成績は悪くなる。
ハシッシュを大量に吸う少年の進級は 攻撃性と酷い成績
のために 難しくなり、学校から戒告処分を受ける虞もある。
大麻中毒の生徒のために 中毒防止を目的に 麻薬局は
資金をだして 2005年にプロジェクトを作った。「中毒生徒の
ケースマネジメント相談」というプロジェクトである。最初は
職業学校に導入され 1年後に他の学校にも取り入れられた。

ハシッシュを大量に吸う生徒の80%は男である。この
プロジェクトで相談を受けた400人の生徒は 16-25歳で 
女の子も多い。臨床心理士の勧めに従って 数ヶ月に渡り、
週に少なくとも1回 相談に来る生徒が多い。学校には
少年相談所の職員がいて、教師と協力して ハシッシュ
中毒患者を相談所へ送る。
たいていの場合 中毒少年は 家庭内に葛藤が多い。
少年が麻薬を買うために金を盗むから 親と子の対立は激しい。
毎日 30ユーロ(4800円)かけてマリフアナ入りの
煙草を吸っていたら 小遣いなど すぐに 無くなる。

大麻を 時々吸う若い人や試しに吸う若い人は ここ数年 
減っている。ハシッシュを吸うのは無害でなく、また 大麻を
吸うのも危険であると いうことを 多くの青少年は認識
するようになった。
一つだけの麻薬を 止めるよりも ハシッシュや大麻を 
まとめて 止めるのは もっと難しい。
下記サイトから:
http://www.faz.net/s/RubFAE83B7DDEFD4F2882ED5B3C15AC43E2/Doc~ED8529C437D854F69AFEE298DC18D900D~ATpl~Ecommon~Scontent.html
  


Posted by jtw at 17:24Comments(0)

2008年01月05日

赤ちゃんポスト@ドイツ

1月2日に ドイツでは 二人の赤ちゃんが 赤ちゃんpost
の中で 死んでいるのが 見つかった。

こども殺しの分析の専門家で治療家でもある精神科医 
Anke Rohdeによると 身元を明かさないで こどもを生んで 
赤ちゃんポストに入れることは 赤ちゃん殺しを防げない。
赤ちゃんを殺す母親は 援助をうけいれることができない
という 基本的問題を抱えている。従って そういう母親に
とって 赤ちゃんポストは うけいれられるものでもない。

赤ちゃんポストは ドイツで die Babyklappe,
der Babykorb, der Babyfenster, das Babynest
などと 呼ばれている。

2000年4月にドイツで 初めての 赤ちゃんポストを
設立した ハンブルクのSterniPark協会は 上記の
Rohdeさんの 意見とは 別の意見をもつ。
この協会と協力関係にあるプロジェクトFindebaby
の責任者Leila Moysichによると、ポストは唯一の
正しい援助法でなく、最後の可能な道である。
危機的な状況にある妊婦は病院で名前を言わないで 
こどもを産むことができなければ ならない。しかし 
ハンブルクでも このプロジェクトが始まってから 
30人の赤ちゃんがポストに入れられた。

カトリック女性社会サービス(SkF)はフランクフルトで 
この窮境からの脱出口の提供を試みている。ここの
Mosesプロジェクトでは 立ち入った相談の後で 
名前を明かさないで こどもを母親から引き取ることが 
できる。母親は名前を書き残して行くこともできる。

ドイツでは 病院・協会・財団・キリスト教の施設に 
赤ちゃんポストがあり、全国で80を超える。
赤ちゃんポストの設立を規制する法律が ないため、
ポストについて 法律的立場は未解決である。現行の法律
では 親が扶養責任を放棄した場合 親は罪になる。
下記サイトから:
http://www.stern.de/wissenschaft/mensch/:Streitfall-Babyklappe-Rettung-Trag%F6die/606782.html
  


Posted by jtw at 11:48Comments(0)

2008年01月04日

赤ちゃんポストに死んだ子@ドイツで正月2日に

1月2日の夜 ハノーファの赤ちゃんポストBabyklappで 
凍死した赤ちゃんが見つかった。
その数時間後に カルルスルーエでも 赤ちゃんポストに 
死んだ赤ちゃんが入れられていた。警察によると この子は
2-3時間前に 生きて生まれた子だった。

ハノーファでは弁護団は捜査手続きを開始した。
剖検(ぼうけん)によると、この子は寒さで死んだか 
乳がないために死んだと 分かった。2日夜に 
ポストに入れられた時に生きていたか どうかは不明。

赤ちゃんを凍死させるためにポストに入れてはいけない。
この子をポストに入れた人は ポストの機械的機能を
理解していないのだろう。
ポストの機能について 再検討する予定である。
赤ちゃんは布袋(買い物袋のような)に入っていた。
この病院にある赤ちゃんポストはキリスト教会の
組織が運営している。
下記サイトから:
http://www.faz.net/s/Rub77CAECAE94D7431F9EACD163751D4CFD/Doc~E34E9300816E54E3C934DD02508E3E083~ATpl~Ecommon~Scontent.html
  


Posted by jtw at 18:21Comments(2)

2008年01月02日

Bunraku 文楽 正月公演ご案内

東京での文楽公演は 満員だそうですけど
大阪国立文楽劇場に補助席のでるのは 落語の公演の
時でして 文楽は 土日でも すいています。
一幕だけ 新口村だけ 幕見券1500円で 見るのが
一番お得です。一度 お試し ください。
明日3日から24日まで。

Bunraku Theater ist an Nipponbashi in der Naehe
von Namba Bahnhof.

Auffuehrung von Bunraku Puppenspiel
von 3. bis 24. Januar.
Geschlossen Am Dienstag 15.

Von 14.ab wird der 1. Teil zum 2. Teil.

der 1. Teil: 11am-15.15
Shichifukujin Takara no Irifune
Gion Sairei Shinko-ki (12.10-14.00)
Keisei Koibikyaku (Ninokuchi Mura)14.10-15.15

der 2. Teil: 4.00-7.40pm
Kokusennya Kassen
Senri ga Take Toragari
Romon (5.38-6.25pm)
Kanki Yakata (6.25-7.10)
Beni Nagasi - Shishi ga Jo (7.12-7.40pm)

*** Sumitayu-san (der Meister an Bunraku) singt an Ninokuchi Mura.

Der Eintritt kostet
5800yen (erste Klasse)
2300yen (zweite Klasse)
4100yen (Studenten)

**"Ein Akt" Eintritt(Makumni-seki) kostet 1500yen.
Man braucht am Schalter bis vor 30 Minuten zu kommen,
wenn man nur einen Akt sehen moechte.
Zum Beispiel braucht man bis 13.30 am Schalter
zu kommen, wenn man nur Ninokuci-Mura sehen moechte.
 Wenn "Ein Akt" Karte aus verkauft ist, kann man
normalerweise zweite Klasse Karte kaufen.
Bunraku Theater ist leider immer nicht voll.

Man koennte durch einem Kopfhoerer Dolmetschen
auf Englisch hoeren.

Man koennte auch Erklaerung auf Japanisch hoeren.
Das kostet 600yen.

http://www.ntj.jac.go.jp/performance/1027.html
  


Posted by jtw at 10:06Comments(0)

2008年01月01日

オジロワシ個体数@ドイツ/この百年で最高に/DDT禁止で

最近の調査によると ドイツに575組のオジロワシがいる。
100年前にはドイツに15-20番いのオジロワシが生き残っていた。
罠と銃で追われていた。
いまMecklenburg-Vorpommern州に247組がいて、
ドイツで最も数が多い。
20世紀の中頃には ドイツのオジロワシは100番いだった。
30年以上前に東西ドイツで DDTが禁止されてから、
顕著に個体数が増えた。DDTは卵の殻を薄くした。
餌になり魚 特にコイ科の魚の増加もこの鳥の増加に
寄与している。
下記サイトから:
http://www.n-tv.de/896500.html
  


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